1 すべてのはじまり
第一章
――それから三年後――
「この子はもう見込みがないですね」
会議の席で最右端の教師が言った。二番目の教師も言った。
「そうですよ。五年もここで修行して、初歩の初歩も出来ないんじゃあ、もう無理でしょう。このレシングという生徒は、そよ風ちょっとどころか、ピンの先さえ動かせないんですからねえ。無理ですね、退学を勧めましょう」
「まあ皆さん、もうちょっと待ってやりませんか」
そう言ったのは三年前より老け込んだ、白い髭の学院長だった。
「学院長。確かにこの生徒が、魔法の素晴らしい片鱗を見せたのは事実ですよ。昔ね。けれど、今になっても出来ないというのでは、全く話になりませんよ」
三番目の教師も好意的な表情は崩さず、しかし鋭い口調で言った。
「才能を持っていても、その才能を出しきれずに退学する生徒は、今までにもたくさんいました。この子だけを特別扱いするのはどうかと思いますがね」
「特に魔術師にならなければならない理由が、あるわけでもないでしょうし。ここで無駄に時間を潰すよりも、退学させて、他の道を選ばせる方が賢明だと、わたしなんぞは思いますがね」
第四、第五の教師達も立て続けにうなずいた。学院長はじっと何かを考えているようだった。
「学院長、あなたの気持ちも分からないでもないですが。他の生徒達への手前もありますから」
「ですな。退学させましょう」
「この子にだけ時間を割いている暇はないんですよ」
成績表をペンで叩きつける、固い音が会議室内に響いた。
「退学させましょう、学院長!」
学院長はこぶしをテーブルに置き、それでも何かを考えていたが、
「……フランドル君はどう思う」
と、一人会議室の隅で背もたれに頭をもたせかけ、高く足を組み座っていた、どこかしら冷酷そうな、かなり態度の悪い男へ声をかけた。
男は黒い目を開けて、目の端で学院長を一瞥すると、まったくやる気がなさそうに背もたれから両肘を下ろした。
「そうだ、君はずっと黙ったままじゃないか。なにか言いたまえ!」
右端の教師が苛立たしそうに叫んだ。フランドルは意に介しないといった表情で、痩せ細った横顔をさらしている。学院長はそんな彼を見ながら、じっと息を殺して、
「……どうだね」
と促した。
その促しでようやくフランドルは、初めて机の資料を取り上げ目を通し始めた。
「退学が一番いい」
二番目の教師が、力強くうなずきながらそう言った。三番目の教師も、
「この生徒の同期生ではなかったですか。例の、三年飛び級をした生徒は」
世間話をするように四番目の教師に話しかけた。
「そうそう。あと、一年飛び級した奴もいるよ。三年飛び級のあいつは今年卒業のはずだ。優秀な奴は多いよ。だがやっぱり、落ちこぼれも多いんだな」
「いやまったく」
「普通ここまで長引くこともないんですがねえ」
学院長はただじっと、フランドルの様子を窺っていた。囁き声の中に、フランドルの成績表をめくる紙の音だけが響いている。
「この生徒の担当をしたことがないので分かりませんが……」
「そりゃあそうだろう。とてもじゃないけど、そんなレベルじゃないからな」
フランドルの言葉に、一人が吐き捨てるような横槍を入れた。
「……それで……?」
抑揚のない声で学院長が続きを促した。フランドルは目を上げた。
「学院長はなぜ、この生徒を退学にはなさらないんですか」
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――それから三年後――
「この子はもう見込みがないですね」
会議の席で最右端の教師が言った。二番目の教師も言った。
「そうですよ。五年もここで修行して、初歩の初歩も出来ないんじゃあ、もう無理でしょう。このレシングという生徒は、そよ風ちょっとどころか、ピンの先さえ動かせないんですからねえ。無理ですね、退学を勧めましょう」
「まあ皆さん、もうちょっと待ってやりませんか」
そう言ったのは三年前より老け込んだ、白い髭の学院長だった。
「学院長。確かにこの生徒が、魔法の素晴らしい片鱗を見せたのは事実ですよ。昔ね。けれど、今になっても出来ないというのでは、全く話になりませんよ」
三番目の教師も好意的な表情は崩さず、しかし鋭い口調で言った。
「才能を持っていても、その才能を出しきれずに退学する生徒は、今までにもたくさんいました。この子だけを特別扱いするのはどうかと思いますがね」
「特に魔術師にならなければならない理由が、あるわけでもないでしょうし。ここで無駄に時間を潰すよりも、退学させて、他の道を選ばせる方が賢明だと、わたしなんぞは思いますがね」
第四、第五の教師達も立て続けにうなずいた。学院長はじっと何かを考えているようだった。
「学院長、あなたの気持ちも分からないでもないですが。他の生徒達への手前もありますから」
「ですな。退学させましょう」
「この子にだけ時間を割いている暇はないんですよ」
成績表をペンで叩きつける、固い音が会議室内に響いた。
「退学させましょう、学院長!」
学院長はこぶしをテーブルに置き、それでも何かを考えていたが、
「……フランドル君はどう思う」
と、一人会議室の隅で背もたれに頭をもたせかけ、高く足を組み座っていた、どこかしら冷酷そうな、かなり態度の悪い男へ声をかけた。
男は黒い目を開けて、目の端で学院長を一瞥すると、まったくやる気がなさそうに背もたれから両肘を下ろした。
「そうだ、君はずっと黙ったままじゃないか。なにか言いたまえ!」
右端の教師が苛立たしそうに叫んだ。フランドルは意に介しないといった表情で、痩せ細った横顔をさらしている。学院長はそんな彼を見ながら、じっと息を殺して、
「……どうだね」
と促した。
その促しでようやくフランドルは、初めて机の資料を取り上げ目を通し始めた。
「退学が一番いい」
二番目の教師が、力強くうなずきながらそう言った。三番目の教師も、
「この生徒の同期生ではなかったですか。例の、三年飛び級をした生徒は」
世間話をするように四番目の教師に話しかけた。
「そうそう。あと、一年飛び級した奴もいるよ。三年飛び級のあいつは今年卒業のはずだ。優秀な奴は多いよ。だがやっぱり、落ちこぼれも多いんだな」
「いやまったく」
「普通ここまで長引くこともないんですがねえ」
学院長はただじっと、フランドルの様子を窺っていた。囁き声の中に、フランドルの成績表をめくる紙の音だけが響いている。
「この生徒の担当をしたことがないので分かりませんが……」
「そりゃあそうだろう。とてもじゃないけど、そんなレベルじゃないからな」
フランドルの言葉に、一人が吐き捨てるような横槍を入れた。
「……それで……?」
抑揚のない声で学院長が続きを促した。フランドルは目を上げた。
「学院長はなぜ、この生徒を退学にはなさらないんですか」
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