2 プロローグ
急に少女を持ち上げ、自分の膝の上に座らせた。
突然の出来事に驚いて、女の子は学院長を見上げたが、すぐにきらきらと輝く丸い目とぶつかって慌てて目を伏せた。
「レシングちゃんは本当によくお勉強をしている。先生、よく図書館で君の姿を見かけるんだよ。偉いねー。レシングちゃん、お勉強は好きかい?」
少女はためらいがちに、小さく首を横に振った。学院長は笑って、
「そうかー。先生も嫌いだなー」
とまた少女の頭をなぜた。そして今思いついたかのように、
「そうだ。ほんのちょっとだけ、いつもやってることを先生に教えて欲しいなー」
途端、少女の目に恐怖がはしった。
「ちょっとだけ、いつもやってるように集中して、力を外へ押し出すだけでいいんだよ」
のんびりした調子で続けているつもりだが、しかし少女はすでに泣きそうになっている。
「おなかの底から息を吸って、すっすっ、はー、っで、全身の力を抜くんだよ。簡単だよー」
しかしみんな分かっているのだ。そんな「簡単なこと」が、この子に限ってはできないことぐらい。
九つになっても、基本の基本ができない。学院に入学して一年以上経っても、まだできない。
膝の上で、少女は顔をぐしゃぐしゃにしている。
「大丈夫。ほんのちょっとやってみせてくれるだけでいいんだ。べつに何も起こらなくたって、そんなことは全然構わないんだよ。ただ遊んでるだけなんだから。大丈夫、大丈夫。先生をお友達だと思って、ちょっとだけ、ここでやってみせてくれればいいんだよ」
そして頭を大きくなぜた。
「何も起きなくったっていいんだから」
教師達はだるそうに今までのやりとりを聞いていたが、ようやく、自分達がここに集まってきた用事が始まりそうだと、背もたれの上で姿勢を動かした。
「さあ、ちょっとだけ……いい子だから……」
小さな学生に気付かれないように、学院長は左手を後ろに回した。
厚みのある大きな手に、ほのかな白い光が宿る。本来なら、こんなテストは彼の主義には合わないのだ。
女の子の不安そうな目が、視界に入った。
「大丈夫。大丈夫だよ」
そう言って学院長は、自らの緊張を隠しながら右手を差し出した。
魔術師になるために必要な、そしてこの魔法学院でやっていくために必要な魔力が、この子には備わっているのか、それを断固測っておくべきだというのが、第一線で働く教師達の共通した意見だった。
一方学院長は長らく、古代魔法は精神力の魔法であって、この世界に棲む人間なら全ての者が魔法を使えて当然だ、血統だの素質だのが関係する皇帝魔法でもあるまいにと、教師達の要求を退け続けていた。
だから、今回ばかりは教師陣営からの猛攻撃に、主張をねじ伏せられた形になる。
「大丈夫だから……」
少女の右手が、体からわずかに離れた。自信なさげに動く指先が、ためらいながらも学院長の指先に重なろうとしている。
教師達の目が、その一点に注がれる。もしほんのわずかでも魔力があるならば、触れ合った二つの手の平の中に、それなりの発光が現れるはずであった。
だが、女の子が固く目を閉じた瞬間、
「学院長!」
教師達が防御膜を張る暇もなく、その大爆発は起こった。白い光の盛り上がりは一瞬のことで、ソファーや家具は、書類の山と共に舞い上がり、たちまち広がった白円の外に、天井まで吹き飛ばされた。
「学院長、しっかり!」
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突然の出来事に驚いて、女の子は学院長を見上げたが、すぐにきらきらと輝く丸い目とぶつかって慌てて目を伏せた。
「レシングちゃんは本当によくお勉強をしている。先生、よく図書館で君の姿を見かけるんだよ。偉いねー。レシングちゃん、お勉強は好きかい?」
少女はためらいがちに、小さく首を横に振った。学院長は笑って、
「そうかー。先生も嫌いだなー」
とまた少女の頭をなぜた。そして今思いついたかのように、
「そうだ。ほんのちょっとだけ、いつもやってることを先生に教えて欲しいなー」
途端、少女の目に恐怖がはしった。
「ちょっとだけ、いつもやってるように集中して、力を外へ押し出すだけでいいんだよ」
のんびりした調子で続けているつもりだが、しかし少女はすでに泣きそうになっている。
「おなかの底から息を吸って、すっすっ、はー、っで、全身の力を抜くんだよ。簡単だよー」
しかしみんな分かっているのだ。そんな「簡単なこと」が、この子に限ってはできないことぐらい。
九つになっても、基本の基本ができない。学院に入学して一年以上経っても、まだできない。
膝の上で、少女は顔をぐしゃぐしゃにしている。
「大丈夫。ほんのちょっとやってみせてくれるだけでいいんだ。べつに何も起こらなくたって、そんなことは全然構わないんだよ。ただ遊んでるだけなんだから。大丈夫、大丈夫。先生をお友達だと思って、ちょっとだけ、ここでやってみせてくれればいいんだよ」
そして頭を大きくなぜた。
「何も起きなくったっていいんだから」
教師達はだるそうに今までのやりとりを聞いていたが、ようやく、自分達がここに集まってきた用事が始まりそうだと、背もたれの上で姿勢を動かした。
「さあ、ちょっとだけ……いい子だから……」
小さな学生に気付かれないように、学院長は左手を後ろに回した。
厚みのある大きな手に、ほのかな白い光が宿る。本来なら、こんなテストは彼の主義には合わないのだ。
女の子の不安そうな目が、視界に入った。
「大丈夫。大丈夫だよ」
そう言って学院長は、自らの緊張を隠しながら右手を差し出した。
魔術師になるために必要な、そしてこの魔法学院でやっていくために必要な魔力が、この子には備わっているのか、それを断固測っておくべきだというのが、第一線で働く教師達の共通した意見だった。
一方学院長は長らく、古代魔法は精神力の魔法であって、この世界に棲む人間なら全ての者が魔法を使えて当然だ、血統だの素質だのが関係する皇帝魔法でもあるまいにと、教師達の要求を退け続けていた。
だから、今回ばかりは教師陣営からの猛攻撃に、主張をねじ伏せられた形になる。
「大丈夫だから……」
少女の右手が、体からわずかに離れた。自信なさげに動く指先が、ためらいながらも学院長の指先に重なろうとしている。
教師達の目が、その一点に注がれる。もしほんのわずかでも魔力があるならば、触れ合った二つの手の平の中に、それなりの発光が現れるはずであった。
だが、女の子が固く目を閉じた瞬間、
「学院長!」
教師達が防御膜を張る暇もなく、その大爆発は起こった。白い光の盛り上がりは一瞬のことで、ソファーや家具は、書類の山と共に舞い上がり、たちまち広がった白円の外に、天井まで吹き飛ばされた。
「学院長、しっかり!」
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