あなの

あ はこの空全部

全部のこと。


この世界は

透明な水(ひかりのつぶ いのちのひ)が無限に空間にひろがっています。

そこに意識をおくると

波がたつ

どんな意識で送るかで

たつなみも

動く水の量も大きく変わる

一瞬の波の形を

めで見るために

写真として

現実世界をとらえることができるようになった

そのための富気(とき)

みえない水の波は

一枚の写真でみることができる

かんさつすることができる

味わうことができる。



写真というと薄っぺらいイメージがないでしょうか

一枚みたいな

ここでいう写真とは

空間そのもののことなんです。

流動する空間を観察する穴。

ちょっとこの説明だと分かりにくいかもしれないので

補足書をすこし

そのままのせますね。

水しぶきを写真でとると

写真のタイミングはとまってるじゃない?

もしその写真しかみえないんだとしたら

画像(一瞬の現実世界の最後の回収のポイントのもの)と認識するんだろうね

↓ホースで水を出したときの写真なのですが


画像お借りしました。

アマの意志で満たした空間に

いきを放つ

そこに虹が発生する

虹とはご神たいのことです。


夫妻のまじわり(意識とご神体のあいしあい)のもと

このこうみがおこなわれます。



なので本当に晴れやかな意識であること

ただすべてをあいをもって観察するのみという姿勢は

すごく大事な気がしています。

晴れやかじゃないわたしが

偽物なんですよ。



老いの波を放てば老います

なんの波を放っているか

すごく敏感に感じとってみてください。