今わたしは 子宮(たんでん)に興味がすごくあります。
それはタントラをする上でとても必要なものだと思うから。
なぜか昔からタントラにひかれていました。
なぜここまでひかれるか意味は分かりませんでした。
ですがなぜかタントラの真理を知りたかった。
腹からの欲求です。
言葉の意味が分かったのはそんなに昔ではありません。
男女の性交渉でエネルギーを得ること
これが今の多くのタントラの認識になっていると思います
ずっと不老不死を求めていたわたしは
飛びつきました。
タントラの先に不老不死があるから。
ですが求めているものとは遠いものでした
タントラはもともといのちの真理をといたものでした
いのちのまじわりの法則でした。
ですが中国の貴族が運動をせず
長く元気にいきたいということで
動かず女性からもらう。
そのために多くの女性と関係を持ち
運動をしないかわりに女性の性をいただく
女性の性は旺盛な方がいい。
そうすると病気はとても少なく
長く生きることができました。
本当の男女の交わりとは
書物のタントラではいずれ性エネルギーはつきてしまう
その証拠に太古の書物なのに
なぜ誰も不老不死にはなれなかったのか
ここにあると思います。
出回っているタントラは確かに一時的にすごく元気になります
なぜなら性エネルギーを解放するからです。
ですがそれだけでは肉体はまた滅びます。
そして肉体が滅びるまでの一時しのぎにしかすぎない
元気でぴんぴん死にましょう。
この理論です。
ですが本来の目的はそれではない。
そこはあくまで通過に過ぎないのだと。
ご存じですか?
天地を包括したものは
寿命は永遠無限にある。
これが書物の一番最初にかかれていて
色々ありながらも後世に残った真実です。
もしそれができないならば
この養生をしましょう
そうすれば永遠無限ほどはいきませんが
長く元気にはいられるでしょう。
そこから発展したのがボウチュウ術
もともとほんとに残したかったものは
男性性 (現実)
女性性 (虚空)
とのタントラ(交わりのことなのです)
男と女が別れたのはあくまで一人では完結できない存在であれば
全体であったことを思い出すであろうという
計らいのものでした。
本来の女性は虚空の海のようにあまねく照らす存在
本来の男性は現実を作り出す神のようにすべてを可能にする存在
この二人が愛し合うことは
世界の交わりになります
そしてそれは単体で行われること。
わたしが何故 子宮委員長はるさんに会いにいったか
それはたんでんにすべての答えがあると感じたから。
今わたしは 子宮(たんでん)に興味がすごくあります。
もともとたんでんは
魂という過去の集大成と
今の世界とを繋ぐポータルです。
そして過去の部分は今に溶け込んでいないといけません。
そうしてはじめて
ほんとの命が循環できる たんでんになります。
脳の血流もたんでん次第で変わるのをご存じですか?
私の貧血と手荒れは たんでんを活性化しだしたらなおりました。
下から上がってくるエネルギーを上に流し
それを循環できればそれでいいのです
そのエネルギーは多くの方は下腹部でとどめてしまっています。
1回開通しただけでは弱いのです。
そしてその循環の渦はいずれ大きなものになります。
いのちの純粋なエネルギーを循環するために
すべてにイエスである必要が出てきます
寝たい⬆ イエス
死にたい⬆イエス
生きたい⬆イエス
ムラムラする⬆イエス
これが食べたい⬆
これがムカつく⬆
これが嫌い⬆
これが好き⬆
全部イエス
ご先祖さんは莫大な量の未消化データを残していかれました。
腹黒くていいのです。
寝なさいではない
したいことをそっかと受け入れること
湧いてくるすべてにそっかーとオッケーすること
あなたの中から湧いてきたすべては
全部イエスなのです。
相手にしたいからさせろーは違うのです
相手に共感してほしいからしなさいも違うのです。
わたしはしたい
わたしはこう感じてる。
それだけなのです。
それがいのちの欲求なら
すべてが万事調います。
もし欲が分からないなら
物理的に刺激を与えることにより浮上しやすいので
温めたりマッサージしたりパートナーと性行為をしたり
エネルギーを集めるようにしてください。
循環してくれば次第にエネルギーは
下から上に流れます。
私たちをとりまくいのちは誰かから補完されなくては
生存できないほど
弱いものではない。
勝手に死んで勝手に生まれてきてくれます。
この強い思いは嘘ではないと思う。
男性も女性が自分の中にあることを思いだし
女性も男性が自分の中にあることを思い出す。
大地との繋がりは
必要なのだと思います。
樹齢何千年もの樹木も
根を切れば枯れますから。
ジャンプするだけでもいい。