試合前はもちろん対戦相手の対策を立てる。
今回一番可能性のある負けパターンは「パンチのプレッシャーに負けて下がり、ペースを握られて何度もスタンディングダウンをとられる」だった。
山田さんからも「中途半端な距離にはいるな。距離を詰めるなら、しっかり自分のパンチを打ってからだ」と言われた。
一度でも恐くなって躊躇したら二度と行けないと思った。

私はハートがかなり弱いです。半信半疑で試合をしちゃったりする。自分のパンチはあたっても効かない気がするし、一発でももらったら劣勢だと思ったり、寝技の残り時間が少なかったら攻めずに力を温存したり。情けない。
自分のペースを作れるのか?何度も何度も頭と体で反復した。練習は、体力や技術をつける以上に「あんだけやったもんな」って最後に支えになるものです。練習は少し自信になった。
でも当たり前だけど、本人とスパーするわけじゃないから、不安は全部なくなりませんでした。
「パンチを連打されて追い詰められたら?」そのシーンを思っては打ち消した。
ホントに前に行けるのかな?そればっかりでした。
怖い気持ちを消したかった。力をくれるような気がして未来ちゃんの入場曲、「for the future」を試合前に聴き続けました。彼女はこの曲にずいぶん助けられたそう。

早く試合の映像がみたい。いつもそうだけど全部最初から最後まで試合を覚えてるわけじゃない。
映像を見て「そういやこんなことしたな」ぐらいに思い出す。
試合の評価が高かったといろんな方面から聞く。
あの試合があんなに評価されたのは、あのパンチがあったから。KO、一本勝ちは試合をガッチリ締めてくれる力を持っている。

インターバルの間のことを思った。座って、水を口に入れてもらったけど、飲めなくて、吐いた。水をうけとるヤツも間に合わなくてフトモモがビショビショになった。そんな私をみて山田さんは頭から水をぶっかけた。冷たい。少し元気になった。こんなに疲れたのは私がガチガチだったこと、ガチガチにさせるほどの相手だったということ、久江選手の力が強くて、体力を使ってしまったんだろうな。
それくらいだったから2Rはまともに戦えなかったかもしれない。ぐだぐだの消耗戦になっての判定だったら、この評価はなかった。あのKOが試合を鮮やかに観た人の記憶に焼き付けた。
あのパンチが偶然だったとか慰めてくれる身内もいたけれど、それは違います。私達の練習は勝つ確率をあげて負ける確率を減らすこと。そのために練習するんです。ラッキーパンチはないんです。

もちろん勝ちたかった。面白い試合するためじゃなく勝つために試合してるから。勝ちならドロドロ判定勝ちでもなんでもよかった。でも、見込み一本があるスマックだから、最初の十字で試合が終わってもおかしくはありませんでした。
そう思うと、試合って不思議だなぁなんて他人事みたいに思う。
すごくたくさん分岐点があって絶妙なバランスで……。
あー、勝ちたかったな。勝ってコーナー上がって、紫のテープに埋まってマイクして。私、なんて言っただろうな?

私の中で今回の試合は未来ちゃんの引退試合でした。怪我で全女を辞めた時もらった手紙には「私の夢は同期が全員幸せな引退をすること」って書いてあった。引退試合負けちゃってごめん。でも私には次があるから。私はいつか幸せな引退をするね。それまで見ていてください。