
戸隠山、、、、
九八の「顕」のブログへようこそ、、、、

かなでさん「九八の東京声聞会」ありがとうございました。
唯、素直に声を聞けるまで、何度も何度も「声聞・縁覚」するだけです。
素直に声を聞くと言う事が出来れば、一発で誰もが遭遇できるのです。
多くの人達は、唯、声を聞くと言う事が出来ないのです。
必ず「我見、見解、理屈、都合、知見、見識」等を、立てて、、、、
理解しようとして聞いている為に、全く話しが入らないのです。
これらの見解を、一度捨て置き話しを聞かない限り、絶対に聞けないのです。
しかし、頑固に強情に、それらを絶対に放そうとはしない訳です。
「放てば満てり、法の華」
手放せば、自然に満たされて、法の華と為すのです。
絶対に手放したくない、大切なモノを持っているからです。
つまり、大切なモノを持っていると言う事は、、、、
同時に、邪魔で厄介なモノも持っていると言う事なのである。
つまり「二項対立」の『二法の世界』に住んでいる訳です。
「好き嫌い」「良し悪し」「正しい間違い」「生死」「自他」など、、、、
この『二法の世界』から抜け出して「不二の法門」に入る事に由って、、、、
始めて「無生法認」と言う「解脱・無漏路」と為すのである。
ご自身の「永遠の真相」に遭遇する時節因縁が起きて来るのです。
それは、この上なく、確かなありようであり、、、、
「永久に不生不滅」の「大安心」なのである。
この「諸仏」が説かれた「甚深の法」を、供養する事が「声聞・縁覚」である。
この供養を以って、実体寛の上で「一仏乗」を顕わすのです。
即ち、一仏の上に、総てが乗っているだけなのである。
常に「斯くの如し」であり、、、、
即ち「如是の法」のありようのみである。
ゆえに、絶対に「自他」が生じないのである。
「天上天下唯我独尊」と言う、ありように目覚めて来るのである。

これまでに、対面・電話・Skype・zoom声聞等を、一度でも受けた人は、
「縁覚点検」を、随時こまめに何度でも、ご利用する事をお勧め致します。
極めて尊く稀なご縁でごさいます。
何を問えば良いのか分からないと言う人は、、、、
「縁覚点検お願いします」と、書いてください。
無料で、点検を実施しております。
これが、甚だ効果的なのですよ。
狂った方向へよじ登って行く為に、仏果が伴わないのです。
その都度、軌道修正をしながら、本来の面目に目覚めるのです。
縁覚点検は、あくまでも点検であり、声聞とは違います。
素直な疑問・質問が、ご自身を救うのです。
ご自身を救う事に、遠慮などしないで下さい。
本気に成って、一途でないと無理ですよ。
ブログのメッセージ欄から、お待ちしております。
ご無沙汰している方は、データーが無いのでお電話して下さい。


本日もお越し頂き、、、、

これを以って「法の供養」と為す。