
普遍の自覚、、、、
九八の「顕」のブログへようこそ、、、、

人には絶対に避けられない、四つの門があるのです。
その第一の門は「自らの意志に拘わらず生まれる」と言う「生門」である。
第二の門は「自らの意志に拘わらず老いる」と言う「老門」である。
第三の門は「自らの意志に拘わらず病に成る」と言う「病門」である。
そして第四の門は「自らの意思に拘わらず死ぬ」と言う「死門」である。
この「生・老・病・死」の苦しみを「四苦の門」と言う訳です。
ゴータマさんは、この「生老病死」の「四苦の門」に決着を着ける為に、、、、
コーサラ国のカピラヴァストゥのお城を抜け出して「出家」したのです。
そして、6年間の難行苦行したが死にかけた末に、難行苦行を捨てたのち、、、、
「生老病死」の「四苦」等、一切皆空であると言う実相に実証されて、、、、
ご自身(宇宙)の「永遠の真相」の自覚に目覚められたのです。
つまり、誰も生まれた事を、知らいし、分からないのです、、、、
分からない事を何処まで追求しても、絶対に分からないのです。
分かったと言っても、分かったと言う言葉だけであり、、、、
実際には、何も分かってないのです。
そして、分かると言う事は錯覚であり、分かった事に何の意味も無いからである。
分かった事と、今の事実は、何の関係も無い事だからです。
この事実が、現代人の思考には、生じないので、気付けないのです。
ゆえに、何処までも、分かろうとする事に執着する訳です。
つまり、分かる事に由って、ご苦労している事に気付けないのです。
ゆえに、分かる以前の「普遍の自覚」に目覚める事なのです。
これを「弥陀の誓願」とも「不生の禅」とも「念仏三昧」とも、、、、
「無上甚深微妙法」とも「阿耨多羅三藐三菩提」とも「涅槃」とも言うのです。
決して、言葉をよじ登ること勿れ。
気配以前の底を思量する事である。
決して、イカダ(坐禅・ヨガメソッド)を担ぐこと無く捨てて行くのです。

知らぬが仏なり、、、、
焦らず、倦まず弛まず、寝ても覚めても一途に「普遍の自覚」と為すのです。

これまでに、対面・電話・Skype・zoom声聞等を、一度でも受けた人は、
「縁覚点検」を、随時こまめに何度でも、ご利用する事をお勧め致します。
極めて尊く稀なご縁でごさいます。
何を問えば良いのか分からないと言う人は、、、、
「縁覚点検お願いします」と、書いてください。
無料で、点検を実施しております。
これが、甚だ効果的なのですよ。
攀縁に由り狂った方向へ、よじ登って行く為に仏果が伴わないのです。
その都度、軌道修正をしながら、本来の面目に目覚めるのです。
縁覚点検は、あくまでも点検であり、声聞とは違います。
素直な疑問・質問が、ご自身を救うのです。
ご自身を救う事に、遠慮しているとはどう言う事ですか。
本気に成って、一途でないと無理ですよ。
ブログのメッセージ欄から、お待ちしております。
ご無沙汰している方は、データーが無いのでお電話して下さい。


本日もお越し頂き、、、、

これを以って「法の供養」と為す。