
新潟県柏崎市「木村茶道美術館」
みなさん、こんばんは!
「顕」のブログへようこそ、、、
お元気でお過ごしですか。
今日は、「アウェアネス茶会」を、前にして、
「木村茶道美術館」で、茶の湯の勉強をして参りました。

松花堂昭乗「山市晴嵐」江戸初期

耀洲窯「七官青磁陰刻瓶」清朝、十七世紀、

水指「呉須赤絵大鉢」明時代、十六世紀、

白楽茶碗「空中白雲山写」楽十代 旦入 作

黒高麗茶碗 高麗王朝 十三世紀
名品で頂く、茶の湯に感動致しました。
ワクワクを超えて、「仁~」と来ましたよ。
観、聞、触、臭、舌、意、で、味わう、茶の湯の世界。
茶器の魅力と相まって、素晴らしい、豊かさを、
経験してまいりました。
正に、「アウェアネス茶会」に、ふさわしい、
インスピレーションを頂きました。

禅宗の宇宙表現「芸術」なんですね。
実に、おもしろい、、、、、。
若い頃から、「茶会」は、出ていましたが、
この年に、成って味わう「茶の湯」は、一味、違って来ましたね。
品の有る「遊び」ですね。

「図らずとも、、、、」
何も、図らずとも、総てが、起きている訳です。
只、この様子「法」の真っただ中に、在るのみです。
「法」に依りて、人に依らざれ、、、です。
「法」とは、観、聞、触、臭、舌、意、の、総ての活動です。
500年前の「茶器」も、実際に使ってこそ、感じる事が出来る訳です。
ガラス越しに、観ていても、何も伝わりませんね。
是と同じで、「考え」で、捉えていても、何も感じない訳です。
既に、実践出来ている事でしか、
人は、「学び」「気づく」事は出来ない訳です。
しかし、多くの人達は、当たり前に、実践出来ている事を、
完全に、無視して、人に、尋ね廻る訳です。
人に、尋ねる事を、一切、必要としないように、出来ている訳ですよ。
ましてや、誰かを崇めたり、頼ったりする事は、ズレてい行く訳です。
対象は、一切無いんですよ。
「法」のみです。
「自分の与えるモノが、自分が受け取るモノ」と言うのはズレていますよ。
自分も、、、与えるモノも、、、受け取るモノも、、、
一切、存在しないんですよ。
只、起きている事が、在るだけです。
対象が、無いんですよ。
是は、考え方の世界です、惑わされないでくださいね。

イェ~イ

本日もご訪問いただき、

九八^^。