ご無沙汰しています。


結婚7年目にして、やっとこの手に我が子を抱くことができました。


私も、赤ちゃんも元気です。今6ヶ月です。男の子です。


育児に全力投球で、ブログどころではなく、ずっと書けずにいました。


だけど、忘れないうちに、妊娠・出産のこと、書いておこうと思います。




先の見えないトンネルを歩いているかのように思えた不妊治療や、やっと授かった命を流産してしまうなど、妊娠までがすごく長く感じられ、いつしか妊娠をゴールのように思ってしまう自分になっていました。




主人の転勤で引っ越しをし、思い切ってずっとやってみたかった旅行会社の仕事に就き、環境と共に気持ちを切り替え、「赤ちゃんはつくるものじゃない、授かるものだ」と自然にまかせるつもりでいたところ、妊娠が発覚しました。




初めての受診で出血が確認され、切迫流産の傾向があると言われ、薬を飲みながらしばらく不安な日々を過ごしました。




それが落ち着いたと思ったら、今度は職場に電話があり、すぐ病院に来るように言われました。


風疹の抗体価が高く、最近感染した可能性があると言われました。


中学生の時に予防接種もしていたし、自分では何の症状もなかったのに・・・


生まれてくる赤ちゃんに障害が出るかもしれない(心臓、目、耳)と言われ、翌日大学病院に行くようにと再検査の紹介状を書いて頂きました。


私は目の前が真っ暗になって、やっとのことで授かった私のおなかの小さな命を、もしかしたら五体満足に産んであげられないかもしれないと、大きな大きなショックを受けました。


診察室を出て、担当の助産師さんとふたりっきりになると、我慢していたものが一気に押し寄せて、泣いてしまいました。助産師さんも一緒に泣いてくださり、この日のことは一生忘れられないです。


まだ見ぬ赤ちゃんなのに、できることなら変わってあげたいと、再検査の結果が出るまでの1ヶ月間、よく涙が出ました。


そして、再検査の結果を見ても、可能性は低いが0ではないという、すっきりとはしないものでした。


しかし、日増しに強くなる母性、身体の変化に、たとえ何を言われてもこの命をあきらめることは絶対にしたくない、絶対生みたいと心に決めました。私をママに選んでくれたんだもん、絶対会いたいって。




それから今度は切迫早産の傾向があるからと言われ、薬を飲みながら安静にしていました。




そして今度は逆子が直らない・・・ということで、毎日体操をがんばっていましたが、どうもこの体勢がいいようで8出産後わかったことですが、へその尾が普通より短かったみたい。回転法で無理に直そうとしていたら危なかったかも)、結局帝王切開でのお産が決まりました。


初めての手術、すごくすごく不安で、家では毎日のようにインターネットで「帝王切開」を調べてはブルーになっていました。


しかし、先生が「痛くないようにしますから、安心してください。」と言ってくださり、スッと肩の力が抜けて、予定日より3週間早めに赤ちゃんに会える楽しみに変わっていきました。




当日は帝王切開にもかかわらず、主人の立ち会いが叶って、ずっと手を握ってもらっていたので、すごく心強かったです。


はっきり言って、手術室では今まで生きてきた中で一番怖くて、ふるえながらその時を待っていました。


しかし、手術が始まってまもなく、元気な産声と共に赤ちゃんが生まれ、その小さな手を握らせてもらうと、感動して、今まで生きてきた中で一番幸せな気持ちになり、号泣してしまいました。


お部屋に帰ってからはカンガルーケアもでき、さっきまでおなかの中で動いていた赤ちゃんが、今自分のおっぱいをくわえているのがなんとも不思議で、感激しました。


2日目からはがんばって歩いたり、完全同室で赤ちゃんのお世話ができました。痛かったけど、母乳育児でがんばりたかったので、完全同室を希望していたのです。おなかを20センチくらい切って、めちゃめちゃ痛いのに、赤ちゃんの泣き声がすると、「私がなんとかしなくちゃ」って思う気持ちが、自然に身体を動かしました。




たくさんの人のおかげで授かったこの命、大切に大切に育てていきます。


応援してくださったみなさん、ほんとにありがとうございます。




そして、生まれてきてくれて本当にありがとう。