めでたさも中くらいなり、おらが春
小林一茶の生涯は、よくもこれだけ不幸が続くなあと思えるほどの悲惨な生涯といっていいでしょう。3歳で母を亡くし、継母とはなじめず、口減らしのため15歳で奉公に出されます。39歳で故郷に戻ると、看病の甲斐なく父を亡くし、遺産相続問題が継母・異母弟との間に起こります。結婚してから授かった4人の子供は次々と夭逝し、妻とも死別します。その後、再々婚した妻との間に授かった娘は、一茶の没後に生まれます。極めつけは一茶は亡くなる直前に大火に遭い家を失い土蔵の中で病死しますが、病気の数も半端でなくよくもこれだけと思うほどの病もちと化します。さてこの句は「おらが春」という連句の発句で、本来は「目出度さもちう位也おらが春」とかかれています。 「中位」でなく「ちう位」でこれは昔一茶の生地である長野のほうで「ちう位」は、一般が解釈するような「中位」とはやや違ったニュアンスで「いい加減な」ところがある意味で使われることがありまた「たいしたことではない」という風にも取れます。この句が成立したころも長女「さと」をなくしており、不遇続きの一茶からすれば、「世の中、初春でめでたいとか何とか言ってもそんなことどうでもいいことだ。そんなにうれしいもんかな。私にはどうでもいいことだけど、強いていうならめでたいんだろう」というように私には思えます。一茶は常にやや斜めから世の中を見ており、「めでたい」という世間の言葉に少しすねた言い方で表現したのではないかと思っています。一茶の生涯を見てみますとさもありなんという気がします。これは私の個人的な解釈ですが、すんなりと解釈してしまうと何の面白みのない句で、どうも句の裏に「すねた」一茶がいるような気がしてなりません。「めでたさも 中位なり おらが春」