「人間万事塞翁が馬」
 

昔の中国のお話です。
ある塞(砦)に近いところに
おじいさんとその息子が住んでいました。
ある日、
おじいさんが遊牧民族の地へ逃げていってしまいました。
周囲の人が
がいなくなったことを悲しんでいるだろうと思いました。
しかし、
おじいさんは「いやいや、これが幸福になるかもしれないのだよ」と笑っています。
そして、数ヵ
後そのが逃げていった地の良を連れて帰ってきたのです。
しかし、
おじいさんは「もしや、これが不幸の元になるかも知れぬ」と心配そうです
おじいさんの言ったとおり、その連れ帰ってきたに乗っていた息子が落してしまい、
股(もも)の
を折る大怪をしてしまったのです。
それでも、
おじいさんは「もしかしたら、これは幸福だったのかも・・・」と言います
その年、
おじいさんたちの近くの砦に突如敵が攻め込み大きな戦が起こりました。
その砦の周囲の若者は戦に借り出され、その
どが戦死してまいました。
しかし、そんな中
おじいさん息子折していたために戦に借り出されず、事に生き残ったのでした。

で、何が言いたいのかというと「何かが起こった時、一見幸福でも後の災いに、一見災いでも後の幸福になることがある。人間の幸不幸は解らないものである」ということである。
ある意味、こんなどんでん返しの連続もよくあることなんでしょうか。(By初版依頼者

読み方

「人間万事塞翁が馬」の「人間」を何と読むかはいまだに議論されている。この記事では長らく「じんかん」読みが正しいとされていたが、掲示板ではどちらが正しいのか議論が続けられてきた。

結局はっきりとした答えは出ていないため、どちらでも正しいのが現状である。「にんげん」でも「じんかん」でも「世の中」という意味を持つが、前者の方が「人」や「人生」などやや多義的なニュアンスがある。個々人の解釈で好きな方を用いて良い。

ただし、「にんげん」読みの方が一般的なので、この記事では「にんげん」読みを採用している。