漣 健児(さざなみ けんじ、1931年2月4日 - 2005年6月6日)は、日本の作詞家、訳詞家。本名は草野 昌一(くさの しょういち)。本名名義で編集者、実業家として活動し『ミュージック・ライフ』編集長、シンコーミュージック・エンタテイメント元会長を務めた。
訳詞家・漣健児
1959年には「新田宣夫」名義で「赤鼻のトナカイ」などの訳詞を手がけていたが、漣健児名義で初めて訳詞を手がけたのは、坂本九「ステキなタイミング」(1960年)。その他代表作としては、飯田久彦「ルイジアナ・ママ」、ナット・キング・コール「L-O-V-E」、中尾ミエ「可愛いベイビー」など、総数は400を越える。ただし、ザ・カーナビーツの「オブラディ・オブラダ」に代表されるように、訳詞というよりは超訳と表現されるものも多い。
また、「みナみカズみ」というペンネームは、当時シンコー・ミュージックがコントロールしており、草野昌一、安井かずみを始めとし、複数の人がこの名前で訳詞をしていたという。後に、安井かずみがこの名前を引き継ぎ訳詞家として活躍することとなる。
「赤鼻のトナカイ」などの訳詞を手がけていたが、
漣健児名義で初めて訳詞を手がけたのは、
坂本九「ステキなタイミング」(1960年)。
その他代表作としては、
飯田久彦「ルイジアナ・ママ」、
ナット・キング・コール「L-O-V-E」、中尾ミエ「可愛いベイビー」など、総数は400を越える。
漣 健児(さざなみ けんじ、1931年2月4日 - 2005年6月6日)は、日本の作詞家、訳詞家。本名は草野 昌一(くさの しょういち)。本名名義で編集者、実業家として活動し『ミュージック・ライフ』編集長、シンコーミュージック・エンタテイメント元会長を務めた。
初代シンコー・ミュージック社長
弟子に作曲家の浜圭介がいる
妻は歌手の奥村チヨ
北空港
https://ameblo.jp/corochance/entry-12450483415.html
浜圭介の弟子に
佐々木シローがいる
https://ameblo.jp/corochance/entry-12450480032.html