可愛いお花をいただきましたface5 blue-black

 

 

お花もニコニコ笑顔。

 

切り花たちは、

土からの栄養はもう貰えないけれど、

 

どこかその運命を受け入れて、

今のこの瞬間を生きている

という感じがします。

 

 

 

私の家は、母がお花&植物が大好きなので、

幼いころから沢山の植物に囲まれて育ってきました。

 

今は少し数は減ったけれど、

それでも水やりをすると、

軽く1時間は超える量の植物たち。

 

 

お恥ずかしながら以前の私は、

植物たちの良さが全く分かりませんでした。

 

何故うちには沢山の花があるのだろう?

虫が沢山よって来るのに…やじるし

 

と、そればかり思っていました。

 

 

 

その当時は、虫が苦手で、

それが根本にあったので、

お花や植物も避けていたのだと思います。

 

蝶々が顔や体にペタリとくっついたり、

セミが何度も背中に止まったり、

 

植物園に行った時は、

(香水や柔軟剤など付けていないのに)

私の周りにだけ虫が数えきれない程うようよして、

バックの中にまで入って来た…

 

なんてこともありました。

 

 

 

でも、私が10代の頃、

心が不安定で学校に行けなくなった時に、

母がこんな話をしてくれました。

 

 

お花は、種類が違っても互いを比べようとせず、

ただ一生懸命、自分の命を繋ごうと生きている。

 

どんな過酷な環境でも、

何かを責めることもせず、

環境にすら文句を言わず、

 

ただ「今」を「自分らしく」生きようとしている。

 

だから、お母さんはお花が好き。

 

あなたも、誰とも比べる必要はない。

学校に行けなくてもいいじゃない。

 

自分のペースで、

あなたが好きなことを見つけられたら、

お母さんはそれが一番嬉しいよ。

 

 

 

その後、私は絵を描く方向へ進みました

 

今まで絵に興味なんてなかったのに、

突然、「絵を描きたい」という思いが出てきたのです。

 

 

 

 

 

それから10数年。

 

紆余曲折しながらも、

まだ絵を描く仕事をしています。

 

そして、今、あんなに避けていた

「お花の絵」を書いているのです。

 

 

 

私は、スピリチュアル関係のお話も大好き。

一時はそちらに傾倒していた時期もありました。

 

最初の頃は、ただただ楽しかった。

 

でも、その世界を知れば知るほど、

その知識を持ち続けるだけでは意味はなく、

次第に「なんだか違う…」という違和感を覚えました。

 

 

その時に気が付いたのは、

 

その世界をファンタジーのように別世界と捉えていて、

今の現実に「私自身」に落とし込めていなかったということでした。

 

 

スピリチュアルというと、

見えない世界との交信など、

非現実世界のように捉えられがちですが、

 

大切なことはそこではなくて、

「私としての今」 をどう生きていくか、

あくまでもウェイトは現実世界で、

知識や情報はそこに活かすことで意味を持つ、

 

まさに自己探求の世界 だと感じています。

 

 

そして、どちらか一方に偏るのではなく、

 

いつも中庸にフラットでいること

 

それが一番しっくりくる場所、私の在りかたです。

 

 

 

 

 

今の私が出来ることは、絵を描くこと。

 

その時に私が表現したかったのは、

自然をもっと身近に感じてもらえるように、

 

すぐ近くにありすぎて気が付きにくい

小さな植物たちの姿を

自然の『精』と一緒に

命あるものとして伝えていきたい

 

という思いでした。

 

 

まだ、スキルは足りず、

これからどうゆう道を歩むのかも

今の地点の私には分かってはいませんが、

 

それでも、自分が信じた道を

大切な家族・友人・これから出会う方々と

一緒に歩んでいきたいと思っています

 

 

何もかもを人のせいにするのは簡単で、

一時的にはそれは現実から自分を護るためには

有効な手段かも知れません。

 

ですが、そのようにして逃げたものは、

形を変え、人を変え、

何度も何度も目の前に返ってきます。

 

 

その時に問われるのが、

自分の在りかただと思います。

 

私は難しいことはわかりませんが、

 

今いる場所に

必要なものは全て揃っている

 

それだけは実感しています。

 

 

 

まずは、「今を受け取ること」をしてみてくださいface5 blue-black

 

今ないものを求める気持ちは、

底がなく、何処までも続きます。

 

 

それよりも、

今あるものを1つづつ見ていくこと、

手に取り経験すること、

 

そして、感謝すること。

 

 

今をクリアにするとは、

まっさらに無かった事に、

空間を綺麗にするのではなく、

 

ただ向き合い乗り越えていく、

それが到達=クリアになるのかなと思います。

 

 

個人の時間の中での「今」を

少しづつクリアしていく中で、

 

人は自然と己が望む道・望む場所へ

そのステップを歩んでいけるのだと信じていますface5 blue-black