わたしは、学校の宿題をしなくて注意されても平気な子供だった。
注意されたくなくなってからは、やるようになって
褒められるようになってからは、自主学習をするようになった
やらなくてはならないのに
やりたくない事を自分の気持ちの中だけで処理して、やれるようになるには
精神的な年齢が上がったり、誰かに感化されたりと
そのきっかけは様々だと思う。
怪獣のように喚くこの子は、
注意されたくないと言う…
『宿題ヤダー!やりたくないよー!ヤダヤダヤダヤダ絶対ヤダ!』
「じゃあ、やらなきゃイイじゃん。」
『やらないと怒られちゃうんだよ!!』
「仕方ないよ。君がやらないんだから」
『ヤダ!怒られたくない!!』
「じゃあ、やるしかないじゃん」
『でも、やりたくないの!!どうしたらいいの!!?』
「1、やりたくないけど、やっていく
2、やっていかないで、注意される
この2択」
『ヤダー!!3択にはならないの??』
「…3、やらないで、注意されない?」
『うん…』
「ない。
たまたま、注意されないことはあっても
宿題は毎日あるよね?
毎日たまたまはないよ。
それに毎日だったら、たまたまとは言わないし。3は諦めなよ」
『えー!!なんでー!?
じゃあ、後でいい?』
「やるのに後も先もないじゃん。
どのみちやるんだから
いつも今やりたいことやって
後で宿題しようとすると、眠くなったり
面白いテレビやってたりして、
結局、やる時間ないよね?
まったく残念なことだ。」
↑ここまでを何度も繰り返す。
何度か繰り返せば、新たな選択肢や違う解答が出てくるとでも思ってるのか?
わたしは、自分の発言を自分の都合で
ころころ変えたりするのは無責任だと思ってるのでしない。
そういうことをする人のことを
わたしは信用できないから、
子供たちには意見をころころ変える
そういう人間にはなってほしくない。
だから、嫌われても変える気はない。
子供たちには、わたしの正直な気持ちを伝えている。
子供たちは、わたしが答えを変えないのを知っている。
なのに
この子はわたしが言った言葉を覚えていて、ちゃんと意味だって理解しているのにもかかわらず
敢えて繰り返し同じ質問をする。
何かの時間稼ぎなのか??
『じゃあ、今やればいい?』
やっと3択を諦めたのか
今やる以外に納得いく選択肢が見つけ出せなかったのか
「へー、今やるの?そりや賢い選択だ」
『いや、はじめっからやるつもりだったからね!』
だったら、はじめからそうしてくれ。
何で、いつもこのやり取りをするんだ?
無駄じゃん…時間が。
おまけに疲れる。
明日になったって
わたしの答えは変わらない。
『ふー、終わった終わったー!ゲーム(テレビゲーム)していい?』
「頑張ってイヤな宿題さきにやってたもんなぁ
頑張ってたしなぁ、
いいよ。タイマーかけてね!30分だよ」
『わーい!』
わーい。言う人いるんだ(笑)
嬉しいそうでなにより。
自分の頑張りがあったから手に入れられたんだよ。
覚えてね。
いつか、ヤダー!と言わなくなる時がくるのだろうか…
この子はADHD
周りは大変とか言うけど
不器用なんだと思う。
わたし自身、人にお願いするということができない。
ただ
その不器用さが人に迷惑をかけて
周りを困らせてしまっているか
本人がその不器用さで困っているか
それが障害というだけで
わたしはたまに困るだけで、
誰かにお願いしなければ、迷惑どころか周りは気がつきもしない。
そして、この子は困ってる。
この子に関わるわたしも、疲れるし困る。
気がつかれないだけ
気がついただけ
目に触れないだけ
目に触れただけ
その頻度の問題だと思う。
本人や周りが工夫すれば、
その頻度は減らせるはず。
この子はどうなる未来を望んでいるのか。
この子のために何かできることはないか。
はぁ。工夫するために考えたり勉強したりしてると、やはり疲れる。
けど
この子もグダグダ言って、疲れただろうな。
注意されたくなくなってからは、やるようになって
褒められるようになってからは、自主学習をするようになった
やらなくてはならないのに
やりたくない事を自分の気持ちの中だけで処理して、やれるようになるには
精神的な年齢が上がったり、誰かに感化されたりと
そのきっかけは様々だと思う。
怪獣のように喚くこの子は、
注意されたくないと言う…
『宿題ヤダー!やりたくないよー!ヤダヤダヤダヤダ絶対ヤダ!』
「じゃあ、やらなきゃイイじゃん。」
『やらないと怒られちゃうんだよ!!』
「仕方ないよ。君がやらないんだから」
『ヤダ!怒られたくない!!』
「じゃあ、やるしかないじゃん」
『でも、やりたくないの!!どうしたらいいの!!?』
「1、やりたくないけど、やっていく
2、やっていかないで、注意される
この2択」
『ヤダー!!3択にはならないの??』
「…3、やらないで、注意されない?」
『うん…』
「ない。
たまたま、注意されないことはあっても
宿題は毎日あるよね?
毎日たまたまはないよ。
それに毎日だったら、たまたまとは言わないし。3は諦めなよ」
『えー!!なんでー!?
じゃあ、後でいい?』
「やるのに後も先もないじゃん。
どのみちやるんだから
いつも今やりたいことやって
後で宿題しようとすると、眠くなったり
面白いテレビやってたりして、
結局、やる時間ないよね?
まったく残念なことだ。」
↑ここまでを何度も繰り返す。
何度か繰り返せば、新たな選択肢や違う解答が出てくるとでも思ってるのか?
わたしは、自分の発言を自分の都合で
ころころ変えたりするのは無責任だと思ってるのでしない。
そういうことをする人のことを
わたしは信用できないから、
子供たちには意見をころころ変える
そういう人間にはなってほしくない。
だから、嫌われても変える気はない。
子供たちには、わたしの正直な気持ちを伝えている。
子供たちは、わたしが答えを変えないのを知っている。
なのに
この子はわたしが言った言葉を覚えていて、ちゃんと意味だって理解しているのにもかかわらず
敢えて繰り返し同じ質問をする。
何かの時間稼ぎなのか??
『じゃあ、今やればいい?』
やっと3択を諦めたのか
今やる以外に納得いく選択肢が見つけ出せなかったのか
「へー、今やるの?そりや賢い選択だ」
『いや、はじめっからやるつもりだったからね!』
だったら、はじめからそうしてくれ。
何で、いつもこのやり取りをするんだ?
無駄じゃん…時間が。
おまけに疲れる。
明日になったって
わたしの答えは変わらない。
『ふー、終わった終わったー!ゲーム(テレビゲーム)していい?』
「頑張ってイヤな宿題さきにやってたもんなぁ
頑張ってたしなぁ、
いいよ。タイマーかけてね!30分だよ」
『わーい!』
わーい。言う人いるんだ(笑)
嬉しいそうでなにより。
自分の頑張りがあったから手に入れられたんだよ。
覚えてね。
いつか、ヤダー!と言わなくなる時がくるのだろうか…
この子はADHD
周りは大変とか言うけど
不器用なんだと思う。
わたし自身、人にお願いするということができない。
ただ
その不器用さが人に迷惑をかけて
周りを困らせてしまっているか
本人がその不器用さで困っているか
それが障害というだけで
わたしはたまに困るだけで、
誰かにお願いしなければ、迷惑どころか周りは気がつきもしない。
そして、この子は困ってる。
この子に関わるわたしも、疲れるし困る。
気がつかれないだけ
気がついただけ
目に触れないだけ
目に触れただけ
その頻度の問題だと思う。
本人や周りが工夫すれば、
その頻度は減らせるはず。
この子はどうなる未来を望んでいるのか。
この子のために何かできることはないか。
はぁ。工夫するために考えたり勉強したりしてると、やはり疲れる。
けど
この子もグダグダ言って、疲れただろうな。