バス通りからナザレ園までの道。
創立者 キム・ヨンソン氏
何故か写真がちっちゃくなっちゃいました(汗)
ソン・ミホ園長先生
建物の写真を拡大すると、屋根の部分にブルーシートが被せてあるのが分かります。
慶州地震による被害だそうです。
国から一部は補助を確保したものの、全額ではないとのことでした。
本当に色々大変そうです。
一緒に行かれたNさんのコメントです。
日本に戻りたいと切に願って望みが叶ったら、息苦しくて韓国に戻ったお婆さんのお話が印象に残りました。
今の私がそうかも・・・
老後なんて考えずにこの国に来たけど、切実だね。
数年前までは日本からの修学旅行のコースになっていたり日本企業が訪問し支援があったらしく(今はないそうです)そのためにあるお婆さんはそれ用の会話?をしていた方がいたらしいが今回初めて?同じ境遇の日本人妻が慰問に来たことがとても嬉しかったと今までとは違う内容の会話をしてっくださったお婆さんがいたと聞きました。
ナザレ園は老人ホームと児童養護施設が同じ建物内にあり国からの支援があるがお婆さんたちには支援がないので老人ホームと児童養護施設に入った支援で賄ってもらっている。
なので本を買わなくてももし1000ウォンでも支援したい方がいればお婆さん方は潤います。
でもホームページなどには銀行口座など掲載していないそうです。
寄付は善意なので掲載していないらしいです。
もししたい方がいれば直接ナザレ園に問い合わせしていただければ教えてくれます。
この間会ったご近所さんたちと話していましたがあと20年30年後は私たちも老人ホームとか入ることになった時ナザレ園のようなところに入りたいね。
あまり田舎だと親族もなかなか来ないだろうからパジュ辺りで日本人限定の老人ホームができればいいな~
だってボケてきたら幼少時代の記憶だけは残るって言うでしょ?
だから皆日本のことを思い出すだろうから日本人が集まった老人ホームだったら皆で童謡とか一緒に歌えるもんね。
ナザレ園にいるおばあさん方は今皆で童謡など歌って日本を懐かしみつつ毎日過ごされていて良かったな~と・・・
5年くらい前に近所のカルククス屋で食べていたら80代くらいのおばあさんが
「日本人ですか?嬉しいわ~こんなところで日本人に会えるなんて!日本語久々に話したわ」と話しかけてきたお婆さん。
近くのアパートで一人で住んでいるらしく今度また話したいと電話番号を教えてもらったのですが電話したら番号が間違えていたらしく繋がりませんでした。
今思えばもしかしたらこのお婆さんもナザレ園にいらっしゃるおばあさんと同じ境遇の方だったのかもしれません。
あの時ナザレ園の存在を知っていたら・・・
ちゃんと住所や名前を聞いていたら探せたのに・・・
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