に拠れば、

アンドロサエナムの実を↑のように育てるのは難しいらしい。
庄下川の土手の植え込みに一輪咲いているのを見つけた。
庄下川と久々知川の合流地点の砂州の傍
土地区画が完了したのは計画策定後10年以上経過した昭和46年
この辺りからは庄下川下流になる。上坂部川、昆陽川の流れを加えて、川は川として一人前の風格を持ち始める。
とともに澱みが目立ち始める。
この辺りで、地上部の標高は1.8メートル。
この辺りに灯台の必要はない。土地の区画整理の際の記念碑として港から移設されたのであろう。
↑海抜標識の右上のプレートはジェーン台風(昭和25年)の際の水深3.8メートルの高さを示している。
一帯の民家が完全に水没したわけではないが、どの家も床上浸水を免れなかったと思う。
↓しかし室戸台風時には屋根まで水が来たかも。
室戸台風時の水深ははるか上部に貼られたプレートが示している。
尼崎市内の主要な幹線道路南北線は、東側(大阪寄り)から園田橋線、近松線、産業道路、五合橋線、七つ松線、道意線、尼宝線
庄下川は七つ松線の東側が、旧の起点。そこで、尼宝線より西の武庫川を源とする西富松排水路(西富松川)からの流れを受け入れ、
東西幹線の山手幹線道路の南で、五合橋線の下を潜り、大きく東へ蛇行、阪神尼崎駅周辺では産業道路より東を流れる。
この時期の庄下川の土溜りで目立つのは菜の花
石垣の間に目立つのはベニバナユウゲショウ
↓野草とは言えない。紫蘭
名神高速(道路)と交差する辺りで、ニワセキショウの群落を見つけた。
ニワゼキショウ(庭石菖 Sisyrinchium rosulatum)はアヤメ科ニワゼキショウ属の一年草。
芝生や草地などに群生する。花期は5月から6月で、直径5mmから6mm程度の小さな花を咲かせる。花弁は6枚に分かれる。花色は白のものと赤紫のものがあり、中央部はどちらも黄色である。花は、受精すると、一日でしぼんでしまう。
日本に普通みられるものは、アメリカ合衆国テキサス州を中心に分布する多型的な種である。明治時代に観賞用として北アメリカから輸入されたものが野生化したのではなく、本来雑草的な種が帰化植物となったものである。
ニワゼキショウの花期はきれからである。
胡桃の花盛り
この辺りで胡桃の実を見た記憶がないので、帰宅後、胡桃を検索。
胡桃に間違いない。
センダンの花も咲き始めている
某宗教団体の文化会館の前は、八重桜が植えられている。
その植え込みの中)
ムギセンノウ(アグロステンマ)
- 石楠花の一花残りて籠堂 村越化石
- 事務の人石楠花の花隠れなる 依光陽子
- 石楠花は富士の夕の色に咲けり 阿部完市
- 石楠花をねむらせてより月の寺 西本鮎彦
- 石楠花にかくれ二の滝三の滝 宮下翠舟
- 舞良戸は石楠花照りに京の寺 老川敏彦
- 石楠花に谿流音をなせりけり 清崎敏郎
- 石楠花を見る魔の山のふところに 青柳志解樹
- 石楠花は日蔭をよしと盛りなる 高浜年尾
- 空の深ささびし石楠花さきそめぬ 角川源義
- 這松の下に石楠花隠れ咲く 田中澄枝
- 石楠花に夕影女人高野かな 平山千江
- 石楠花に躍りゆく瀬や室生川 水原秋櫻子
- 遠雪嶺石楠花は紅こぼれむと 林 翔
- 石楠花の紅迸る雹のあと 岡田貞峰
- 石楠花の優艶つくす晩鐘後 水谷晴光
- 石楠花の頃は過ぎたり咲き残り 清崎敏郎
- 深山石楠花この世かの世の遠い空 岸秋渓子
- 石楠花の瑞枝に山雨到りけり 石井桐蔭
- 石楠花を隠さう雲の急にして 阿波野青畝
- 深山石楠花この世かの世の遠い空 岸秋溪子
- 石楠花の深山の谷や氷解 松根東洋城
- 氷壁に石楠花凍る葉を垂らす 岡田日郎
- 石楠花の巌そそり峙つ雲あをく 小原菁々子
- 石楠花褪す執金剛のゆるみしか 加倉井秋を
- 石楠花にひびきて深き渓の水 深見けん二
- ゆさゆさと石楠花散らす雌鹿たり 渋谷道
- 石楠花に手を触れしめず霧通ふ 臼田亞浪 定本亜浪句集
- 石楠花にいづべの月や桜狩 芝不器男
- 石楠花にひびきて深き渓の水 深見けん二
連休中でかつ好天とあって、芦原の向う岸ではバーベキュー
いいなあ~。
我が家、所有の種はまだ大量に残っているが、他方で芽吹くものも
↑センニチコウ。いい苗を選って、1プランターに3~4株ずつ植えたら、我が家所有の全プランター動員しても無理。
かといって、1プランターに10株も植えたら株が貧弱になる。
↑マリーゴールドとバジルの芽が見える。
苗箱にさくらんぼが落ちている。
ワイフは、2つ目が咲いたと喜んでいます
去年、ご近所から貰ったゼラニュームの差し芽株。
雨の当たらないところに置いている。






























