*このシリーズの趣旨については、プロフィールを参照してください。

 

原語だけでなく文脈も考えて訳せ:今一つのdefeatの訳(答)

 

ウィルモット『大いなる聖戦・第二次世界大戦全史』(国書刊行会)

の訳出段階での誤訳検証の一つとして、前回は、

 

一九四四年当時の東部戦線の戦況を記した箇所に登場してくる以下の見出しを取り上げた:

 

DEFEAT OF ARMY GROUP CENTRE

 

文脈としては、Army Group Centreが東部戦線に展開されていたドイツ軍の中で最大規模の兵力を誇る軍集団であること、この年にソ連軍の攻勢によってこの軍集団が大打撃を受けたことを説明した上で、以下の、二つの訳のどちらが適当かとの問を発した:

 

訳文①:ドイツ中央軍集団の壊滅

訳文②:ドイツ中央軍集団の敗北

 

その際に、今回は、当時の歴史の知識が必要であると考えると付け加えておいた。

 

ここで明らかにしておくと、訳文①は小生の元の訳、訳文②は監訳者の修正訳である。

 

結論から言えば、小生の元の訳の方が適切であると考える。

 

監訳者の訳も誤訳とへ言えないし、単語だけを見て訳すのであれば、それでよいであろう。だが、この当時、同軍集団がソ連軍の「バグラチオン作戦」によって蒙った損害を考えれば、「敗北」は生易しすぎる表現である。それ、この見出しで括られる部分のなかの以下の一節を見れば明らかであろう:

 

. . . the end of the first week in July found Army Group Centre powerless to prevent the disintegration of its front over 200 miles of its length,(七月の最初の週が終る頃には、その二百マイルにわたる戦線全体が崩れ去っていくのを指をくわえて見ている他ない状態に陥っていた)

 

単に「敗れた」という表現では、この状態を形容するには不適切であることは明白であろう。

 

無論、これで中央軍集団が消滅してしまったわけではないが、一時的な壊乱状態に陥ったことは事実であり、「壊滅」と言っても、あながち誇張とは言えないと考える。

 

どうやら、某大の“監(閑)訳者”は、見出しだけは見たようであるが、それに続く本文は読まなかったようである。もし、読んでいたのならば、このような訳にしたであろうか

 

“監訳者”であるならば、見出しと本文との整合性といったところにまで気を配るべきであろうが、そういった気配が全く窺われない訳である。

 

当シリーズ前回の

ウィルモット『第二次世界大戦全史』訳出過程誤訳検証(46):defeat(問)

ウィルモット『第二次世界大戦全史』訳出過程誤訳検証(46):defeat(答)

ではdefeatをそのまま訳したことを妥当とし、今回は意訳したことを正当と主張するのは矛盾と思われるかもしれないが、どちらでも小生が文脈を見極めてから訳出したという共通項があることは強調しておきたい。