長い文章を訳す際の注意

 

前回の、ウィルモット『大いなる聖戦・第二次世界大戦全史』(国書刊行会)

の訳出過程に於ける誤訳検証では、日本軍のビルマ侵攻作戦について記した部分の中から以下の原文を取り上げた。

 

Because of the total absence of road and rail links between India and Burma British forces in Burma could be reinforced and maintained only through the capital, and while four brigades were moved to Burma before 7 March the weakness of British forces between Rangoon and the Sittang after the loss of the 17th Indian Division rendered the city indefensible against an enemy that intended to secure Rangoon, to advance up the Irrawaddy valley with the 33rd Infantry Division and up the Sittang with the 55th, and to reinforce these formations with forces released from other theatres.

 

その上で、小生の元の訳と、初校に於ける監訳者の修正訳を掲げて、後者に問題ありと述べた上で、どこが問題かを問うた。以下に、両者の訳を再録すると共に、違いを分かり易くするために、キーとなる箇所、及び、相違している箇所に下線を付す

 

小生の元の訳その理由は、インドとビルマとを結ぶ鉄道・道路網が全く整備されていなかったために、ビルマの英軍への増援や補給は首都ラングーンを通してのみ可能だった中で、三月七日以前に英軍は四個旅団をビルマ方面に移していたはものの、対する日本側は第三十三師団がイラワジ峡谷を、第五十五師団がシッタン側を遡上してラングーンを目指し、この両師団の動きを他の区域から転用された部隊が支援する態勢となっている状況では、インド第十七師団喪失後の英軍にはラングーンを守れる力が残っていなかったからである

 

監訳者の修正後の初校その理由は、インドとビルマとを結ぶ鉄道・道路網が全く整備されていなかったために、ビルマの英軍への増援や補給は首都ラングーンを通してのみ可能だった中で、三月七日以前に英軍は四個旅団をビルマ方面に移していた。対する日本側は第三十三師団がイラワジ峡谷を、第五十五師団がシッタン側を遡上してラングーンを目指し、この両師団の動きを他の区域から転用された部隊が支援する態勢となっている状況では、インド第十七師団喪失後の英軍にはラングーンを守れる力が残っていなかった

 

恐らく監訳者は、小生の元の訳が若干長ったらしく、読者にとって読み易くするには途中で切った方がよいと考えたのであろう。その配慮自体は良しとする。

 

問題は、切り方である。どちらの訳でも「その理由は・・・」で文章が始まっている。そうであるならば、それ相応の終り方が無ければ、どこまでが「理由」なのかが判然としなくなり、読んだ読者は首を傾げることであろう。小生の訳では、「理由」の部分がどこまでかをはっきりさせるために、「・・・からである」と締め括ってある。だが、監訳者の修正版では、それを落としてしまっている。そして、もっと致命的なのは「四個旅団をビルマ方面に移していたはものの」という文の意味(while four brigades were moved to Burmaという部分)、つまり「兵力が増強されてはいたが」といった意味合いが、修正後の訳文には含まれていないことである。

 

ここで一つ明らかにしておくが、「その理由は」に相当する語句は原文には無い。前後の脈絡をはっきりさせるために小生が補ったもので、この方が読者にとって分かり易いと判断したがための付け足しである。監訳者は、それを理解したのか(もしくは原文を読んでいないのか)、これをそのまま残している。だが、その後で以上のように途中で文章を寸断して原著に込められた意味合いを伝えられなくし、かつ、「・・・からである」という理由が終る部分を示す語句を削除したために、不得要領な訳文となってしまったのである。

 

中学・高校の英語の授業で、長い文章を訳する際には途中で切って良いというような指導を教師から受けたことを記憶している人も多いであろうが、そうする際には、前後の脈絡、原文の意味を斟酌した上でしなければ、このような変な訳文になってしまうことを銘記すべきである。