前回は、Balance of Advantagesという見出しの訳し方について設問を発した。その際に、「Balanceの意味に要注意」と警告しておいた。

 

直訳すれば、「利点の均衡」といった訳になるであろう。実は、これが正に監訳者が小生の元の訳を修正して初校に記した訳であった。

 

結論から言う。これは二重の意味で誤訳である。以下に詳説する。

 

①単語の意味の取り違え

balanceという単語の意味を取り違えている。この単語はbalance beam(平均台)という言葉が示すように、均衡を意味するような印象を受けるが、account balance(口座残高)という言葉に見られるように、差し引き勘定の結果のような意味合いを有する場合が多く、動詞として使用される場合は、そういった意味であり、名詞として使用されているこの見出しでも同様である。

 

②内容の無視

この小見出しに続く箇所の内容を読んでみれば、ドイツ軍と連合国軍の戦力が均衡していたとする記述が皆無であることに気付く筈である。前回抜粋した内容が理解できれば、それは明白であろう。以下に、前回提示した原文の抜粋と、小生の元の訳を示しておく。

 

Whereas the Germans had some 2,400 tanks with their armoured divisions, plus a number of older Pzkw Is in the infantry-support role with formations in Army Group B, the British and French between them deployed some 3,100 tanks but none in divisions that were more than four months old in May 1940.(ドイツ軍が機甲師団に二千四百両に上る戦車を配備し、B軍集団の部隊にも歩兵支援用に旧式のⅠ号戦車が相当数配されていたのに対し、英仏軍は合わせて三千百両の戦車を保有してはいたものの、全て一九四〇年五月の時点で編制後四ヶ月も経っていない師団に配備されたものであった。)

 

Allied armoured divisions were thus inferior in numbers and technique to their German counterparts and had no qualitative margin to offset these disadvantages, while overall Allied numerical preponderance was dissipated by the employment of the majority of British and French tanks in the infantry-support role.(ドイツ軍が機甲師団に二千四百両に上る戦車を配備し、B軍集団の部隊にも歩兵支援用に旧式のⅠ号戦車が相当数配されていたのに対し、英仏軍は合わせて三千百両の戦車を保有してはいたものの、全て一九四〇年五月の時点で編制後四ヶ月も経っていない師団に配備されたものであった。)

 

In qualitative terms German aircraft were generally superior to those of the Allies, only the latest British fighters being the equal of their opposite numbers, and in terms of technique and operational doctrine the Luftwaffe held overwhelming advantages over the British and French air forces.(質の面でもドイツ軍の航空機は連合国軍機よりも概して優秀で、互角であったのは英国の最新式の戦闘機だけであり、技術力と戦闘教義の面ではドイツ側が英仏に対して圧倒的優位を保っていた。)

 

要は、1940年春の西部戦線でドイツ軍が優位に立っていたことを説明する記述に終始していたのであり、抜粋箇所以外でも両者の戦力が「均衡」していたことを示唆する箇所はほぼ皆無なのである。

 

教訓としては、以下のことが言えるであろうか?

 

①見慣れている単語だからと言って、辞書で冒頭に出て来る訳語をそのまま使用するのは御法度。

 

②「短いものほど訳出に難しい」という原則を銘記して、見出しの訳は、それがカバーする内容を吟味してからすること。この場合について言えば、仮に内容を読んでいたとすれば、常識感覚を働かせて「利点の均衡」といった訳が不適であることに気が付いた筈である。

 

内容を検討することなしに単語のみを見て訳するのは、「監訳」ではなく「閑訳」とでも呼ぶべきであろうか?機械翻訳のレベルが向上していると聞いてはいるが、文脈を読み取った上での訳が出来なければ、同じような頓珍漢な訳になるのではなかろうか?

 

なお、その後小生は当初この見出しを「彼我の優劣度」としていたが、「独・連合国間の優劣比較」に改めることを提案した。