珍しく原文を冒頭に提示する。

 

以下は、1939年8月に締結された独ソ不可侵条約が英国のその後の対外政策、取り分けポーランドをめぐる政策に如何なる影響を及ぼしたかについて原著者が論じた箇所である:

 

In one sense the Nazi–Soviet Pact made no difference to Britain and actually eased her position.  It ended the complications that had arisen from a search for an alliance that Poland did not want and which Chamberlain had pursued unenthusiastically, and Britain took the view that she would honour her guarantee for no very good reason other than the fact that Poland was certain to be attacked: if war was inevitable then it might as well come over Poland and at once.

 

小生の訳は以下の通り:

 

「独ソ不可侵条約は英国に何の影響力も及ぼさなかったとも言えるのであり、実際には、英国の立場をすっきりさせる効果をもたらした。ポーランドが欲せず、チェンバレンが熱意を示していなかった同盟関係を模索する煩わしさから解放され、戦争の勃発が不可避であるならば、それはポーランドが対象となるもので間近に迫っているものであるが故に、ポーランドが攻撃対象になることは確実であるという事実のみを理由として同国への保障を全うすることとなったからである。」

 

ここでは小生が結構な意訳をしていた。原文を読めば分かるであろうが、「・・・からである」に相当するbecauseやsinceといった接続詞は原文にはないのである。それでも、. . . eased her position. . . (立場をすっきりさせる効果をもたらした)を具体的に説明しているのが、It ended the complications . . .で始まる文であるのは明白なので、このようにした方が読者には分かり易いと考えたから、このような訳にした。つまり、「(英国の)立場をすっきりさせる効果をもたらした」理由は何かと言えば、まず誰も欲していなかった「同盟関係を模索する煩わしさから解放され」たこと、次には「ポーランドが攻撃対象になることが確実であるという事実のみを理由として同国への保障を全うすることとなった」ことという意味である。

 

ところが、これを監訳者は次のように修正していた:

 

「独ソ不可侵条約は英国に何の影響力も及ぼさなかったとも言えるのであり、実際には、英国の立場を明確にする効果をもたらした。ポーランドが欲せず、チェンバレンが熱意を示していなかった同盟関係を模索する煩わしさから解放された。戦争の勃発が不可避であるならば、それはポーランドが対象となる間近に迫っているものであるために、ポーランドが攻撃対象になることは確実であるという事実のみを理由として同国への保障をまっとうすることとなったからである。」

 

一見すると、実に些細な相違であり、長い文章を途中で区切ったことで監訳者の修正版の方がすっきりしていると判断する向きもあるかもしれない。だが、注意深い読者は、この修正訳では文意が原著者の原文のそれから乖離していることに気が付くであろう。

 

具体的に説明する。文章構成上、「・・・からである」という部分は、直前の「・・・煩わしさから解放された」で終っている文の理由となっているように読むのが普通である。

 

だが、そうなると、「・・・保障をまっとうこととなった」が故に「煩わしさから解放された」ことになるが、実際は原文に明らかな通り、原著者が提示している因果関係はその逆である。即ち、「同盟関係を模索する煩わしさから解放され」たがために、ストレートにポーランドに対する「保障をまっとうする」こととなったという意味である。

 

長い文章だからと言って、無闇矢鱈に切り貼りすると、原文の意味を違えて訳することになる。要注意である。そのためには、(何度も言っていることであり、当たり前のことなのだが)、原文を読んだ上での「監訳」をするべきである。