文脈・史実を斟酌した上での「監訳」を心掛けよ。

 

今回問題とするのは、ポツダム宣言の受諾の可否をめぐって意見が割れた日本の指導部について原著者が記した箇所である。もっと具体的に言えば、天皇の大権への変更の有無について連合国に問い合わせ、それに対して「天皇及び日本国政府の国家統治の権限は連合軍最高司令官に従属するものとなる」という回答が米国から届いたのを受けて日本の指導部に於いて更なる議論が巻き起こった折の様子を論じた部分である。

 

以下に、小生の訳、そして監訳者の修正版を提示する。例によって、問題となる箇所に下線を引く。

 

小生の元の訳:

 

「この一節は、連合国側の要求の即時受諾を支持する和平派にとっては、迂遠で若干意に沿わないものであったにしても、求めていた保障を与えるものであったが、軍部内の和平反対派にとっては、本土決戦の名分を与えるものとなった。」

 

監訳者の修正版:

 

「この一節は、連合国側の要求の即時受諾を支持する和平派にとっては、迂遠で若干意に沿わないものであったにしても、求めていた保障を与えるものであり、また、軍部内の継戦派にとっては、本土決戦の名分を与えるものとなった。」

 

以下の原文をいずれが忠実に反映しているであろうか?:

 

it presented those who favoured immediate compliance with Allied demands with the oblique, if somewhat unsatisfactory, guarantee that they sought but at the same time provided their opponents within the military establishment with the rationale for a last-ditch defence of the country.

 

まず、最初のbutについては、語義の上からは小生の方が原文に忠実であると言える。それでも「butを必ずしも、そのまま訳す必要はない」という意見もあるかもしれないが、そういった意見をお持ちの方のために、この一節に続く文を紹介する。以下の通りである:

 

The American reply was also unfortunate in that it was broadcast to Japan and was thus made known to an army with a long tradition of removing opponents in government on the pretext of securing the throne against treacherous influences. Coming on top of the publication of the terms of the Soviet declaration of war which revealed for the first time that Japan had sought Soviet help in trying to end the war, the effect of the American reply was to raise the prospect of a military rising before the government could complete the process of surrender.(米国の回答は、それが日本向けに放送されたという点でも、好ましくない影響を与えることとなる。具体的には、放送されたが故に、陸軍が米国の回答内容を知るに至ったことである。意に染まぬ勢力から天皇を守護するという名目の下に政府内の反軍勢力を排除するというのが、陸軍伝来の習わしであったが、日本政府が終戦工作のためにソ連と接触していたことを初めて明らかにしたソ連の対日宣戦布告文の内容が発表された上に、この米国の回答内容が、その陸軍に知られたことで、政府が降伏に漕ぎ着けられる前に軍が反乱を起こす蓋然性が高まってきたのである。)

 

一読して分かるであろうが、この部分は米国の回答が和平に消極的な勢力を勢いづけることになった様子を記しているのである、直前の文の後半部分に直接連なるものである。そうであるならば、直前の文で論じられている米国回答が和平派と反対派とに与えた対照的な影響というものを逆接の意味を持つ接続助詞で分けた方が読者にとっては分かり易いのではなかろうか?

 

小さな差異ではあるが、文脈の流れを考えた「監訳」が必要であろう。

 

次に小生が「和平反対派」としたのを監訳者が「継戦派」とした部分であるが、「和平反対派」がtheir opponentsの意味を忠実に訳していることは確かである。しかしながら、この小生の元の訳も少し拙かったかもしれないと今は考えている。というのは、当時軍部内の強硬派でさえも唱えていたのは条件付での受諾であり、絶対的な拒否ではなかったからである。つまり、史実に沿ってもっと正確に言うならば、結構な付け足しをすることとなるが「国体護持のみを条件とする和平に抗する軍部内の勢力」とでも訳すべきものであったろう。

 

歴史の知識を有した上で「監訳」することが求められるのであれば、このぐらいのことをするのも「監訳者」の責務とするのは酷であろうか?