原文を読まない「監訳」など無意味(・・・などと言う必要があるのか?)

 

今回は、最初に小生の訳と監訳者の訳とを提示する。文脈は、原著者が一九四五年当時の東部戦線でのソ連軍の作戦態様をそれ以前と比較して論じた部分である。相違する部分に下線を引く。まず小生の訳:

 

「似たような質の面での改善傾向は、一九四五年のソ連軍による作戦の実施態様の他の点に於いても見られ、それが最も顕著であったのは、縦深突破を可能にする実力を備えるのと同時に作戦に要する時間を短縮したためにソ連軍が作戦を進めるテンポが速まった点であるが、一九四五年の東部戦線で最も目に付く特色として挙げるべきは、ソ連軍が戦略レベルでの戦力を増大させたことである。」

 

次いで、監訳者の修正版:

 

「似たような質の面での改善傾向は、一九四五年のソ連軍による作戦の実施態様の他の点においても見られた最も顕著であったのは、縦深突破を可能にする実力を備えるのと同時に作戦に要する時間を短縮したためにソ連軍が作戦を進めるテンポが速まった点で、一九四五年の東部戦線で最も目に付く特色として挙げるべきは、ソ連軍が戦略レベルでの戦力を増大させたことである」

 

微妙な差異であり、一読したところでは余り変わりがないと思われるかもしれないが、そう思われる方には面倒でも二度、三度読むことをお勧めする。注意深く読めば、両者には文章構成故に、意味上大きな違いが生じていることに気が付く筈である。

 

まず、小生の訳では「質の面での改善傾向」の中で「最も顕著」なのが「縦深突破・・・テンポが速まった点」であることが明白である。

 

それに対して、監訳者の訳ではどうか?「最も顕著」な点が「縦深突破・・・テンポが速まった点」のみならず、「戦略レベルでの戦力を増大させたこと」にも及んでいるのが分かるであろう。加えて、「速まった点であるが」を「速まった点」と改変しているがために、「作戦を進めるテンポが速まった」ことの結果として「戦略レベルでの戦力を増大させた」という意味となっているのである。

 

だが、軍事の専門家でなくとも、常識感覚を働かせば「作戦を進めるテンポが速まった」ことが「戦略レベルでの戦力を増大させ」ることに繋がるというのがおかしいことがすぐに分かる筈である。

 

またしても監訳者は、以下の原文を読んでいなかったようである:

 

There were other aspects of the Soviet conduct of operations in 1945 that showed similar qualitative improvements, most obviously the vast increase in the tempo of Soviet operations as a result of its ability to maintain depth of penetration with a concurrent reduction of time, but it was the increased strategic capacity of the Soviet army that was the most notable feature of operations on the Eastern Front in 1945.

 

接続詞のbutを見れば、もうお分かりであろう。原著者が言わんとしているのは、「作戦を進めるテンポが速まった」というのがソ連軍の質の面での最も顕著な改善傾向ではあるものの、「戦略レベルでの兵力を増強させたこと」、つまり量的な改善傾向こそが一九四五年当時の東部戦線でソ連軍に於いて最も注目すべき点であるということである。

 

言わずもがなのことだが、原文を読まないでする「監訳」など無意味であり、その結果は「奸訳」と呼んだ方がよいものとなる。