「平和」を子どものように考えてみると…


武器がなくなれば平和だな。
自分の事ばっかり考えずに、人を思いやれば平和だな。
怒らないようにすれば平和だな。
みんなが仲間なら平和だな。
間違って悪いことをしてしまったら「ごめんなさい。」って言えたら平和だな。
「ごめんなさい。」って言ってくれたら「うん。いいよ。」って言えたら平和だな。



思うことを単純に書いてみた後で、
さあ、おとなっぽく、難しく、
格好良く考えて書いてみようと思ったら、

書く必要がないことに気付いた。
おとな気ないことに気付いた。



自分で書いていて思ったんやけど、
誰かが発する平和を願うシグナルを、
僕達が平和に受け取らないと
その願いは虚しく、そこでストップしてしまう。
発信する者と同等の理解力、
感受性が必要なのかもしれない。

人の善意を間違っても「偽善」だと言わないようにしたい。
もしそれが、実は偽った善だったとしても
それをさばくために悪意をむき出しにするのなら、
騙されているとしても平和の内に生きようとするほうが平和だ。


ただ、それらを分別する心の賢さは必要かもしれない。
なんでも疑ってかかるということではなく、
偏った目で視ないスペシャリストであれればいい。



ひとりひとりが意識するだけで
実現に向かって大きく動き出すんだと思う。
それは希望であり、愛だと思う。

どこかの誰かに募金するのも大切だとは思うけど、
隣にいる見ず知らずの人の手を優しく握れるか。
声をかけれるか。

平和は大きな問題だけど、
すぐ実践できることだと知らなければならない。


と、なんか思った。