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マネchanのぼやき

おばちゃんの昭和徒然記。
古すぎて思い出すのに時間がかかります。

今の気分を替えるために、昔の記憶を引っ張り出してきました。

母親の膝の上に横になり耳そうじをして貰う。
それって今でも同じでしょうか?
テレビドラマとかだと彼女の膝枕で彼氏が耳そうじ…なんてシーンは昔のドラマですかね?
何でも現在は耳鼻科の医師によると、自分や子供の耳そうじはする必要は無い!とのこと。
逆にし過ぎて、違う耳の病気になることが多いらしく、数ヵ月に1度、耳鼻科で掃除をして貰う事を推奨しているようです。

また、日本人の耳垢は乾湿性の粉みたいな垢のタイプが7割だそうで、このタイプは勝手に外に出ていくので余計に自分で掃除をする必要性は無いそうです。湿性の耳垢の人はなるべく耳鼻科に行くことをお勧めとの事。
私は小学校5年生の時に片方の耳の聞こえが悪くなり、ガサガサ音がするので診て貰いました。すると耳の中から巨大な耳垢が。
先生曰く「医者になって子供の耳からこんなに大きな耳垢を取ったのは初めてです。」と。私の場合は耳垢が奥に入りすぎて溜まってしまったようです。小指の爪の大きさくらい有ったようです。
聞こえなくなるはずですねてへぺろ

耳の話をもうひとつ。
昔、昔のその昔、私が小学生になる前の話し。
小さな頃は耳が弱く、寒くなって冷気が耳に入ると痛みが出るので、冬に外に出るときは必ず耳を塞ぐタイプの帽子を被されていました。私が子供の頃は、母親による耳そうじが有りましたから、そのせいも有ったのかもしれません。
中耳炎も何度もなりましたし、その治療で鼓膜を破られた事も数度。あの痛みは気を失うくらいでした。
何故か耳に痛みがあると、母がオキシドールで耳の中を拭いてくれていました。不思議とオキシドールで拭いて貰うと痛みが無くなったというか。当時はそれが良かったのかどうか今となっては昔の事すぎて分からないと思います。
精神的なもので、良くなっていたのかも?
今は、怪我をした時ですらオキシドールは使いませんから余計にわかりません。

ところが、小学校に上がった頃か?幼稚園の頃か覚えていませんが、夜中に耳が痛くなったので、母を起こしてオキシドールで拭いて貰いました。
ところが、いつもと違い激しい痛みが。私は耳を抑え泣き叫んだのを覚えています。
母が手にしたオキシドールだと思っていた瓶には「ベンジン」の文字が…びっくり
そう、寝ぼけた母はオキシドールとベンジンの瓶を間違えたのです。ガーン
今の親は子供が泣けば何でも直ぐに救急車を呼びますが、当時はおいそれと救急車なんて呼べない頃です。どういう手当てをしたのかは覚えていませんが、痛みが引いていつの間にか眠ったようです。
不思議なのは、それから1度も耳の病気を患った事が無いと言うこと。爆笑
荒療治と言えば言えなくも無いですし、その後、何も無いから笑い話で済んだと言うことですね。

そんな恐ろしい事をしてくれた母の三回忌がもうすぐです。今年はコロナの影響で親類は呼ばず私独りでの寂しい法要になりそうです。
連休明けなのですが、その頃には法要すら無理という事にならなければ良いのですが…えーん
日々増えていく感染者の数と、三密が未だに守られていない東京都民を見ていると、医療崩壊も目の前に迫っているように思えます。