楽な仕事は無い。

学校を出てすぐに勤めたテレビ局。
数十年前の「営業の女の子」に
実際の営業を任させてもらえるはずもなく
毎日、毎日、毎日、ひたすら音の出ない自社のテレビを見ていた。

転職した鶴丸航空CA。
国際線を一年飛ぶと時差によって二ヶ月分の夜を失い
眠れず、食べられずという過酷な日々の中
53キロあった体重が半年で40キロに減った。

子育てが一段落して、放送大学の学費を貯めるために
知人の紹介で始めた生保のセールス。
昼休みに担当の会社を訪ねてチラシを配るたびに
無視され、揶揄され、忌み嫌われた。


そして講師の仕事について16年。

私の転職人生の中で、この仕事が一番つらいかも。
毎年、受験生を送り出した後の2月が一番苦しい。
既に自分の手を離れて、してあげられる事も無いまま
ただただ、祈り、待つだけの日々。


私だけではなく、おそらく全国の講師が同じだと思う。
センターが始まる1月中旬から、国立の後期が終わる3月末まで
数えきれないほどのため息と、数えきれないほどの涙を吸収しながら
冬は通り過ぎる。


過酷な冬の次は、必ず暖かな春が来ると信じて待とう。








ペタしてね