先生だから偉いのではない。
偉いから先生なのだ。

昔から、学校や塾やその他もろもろ。
「先生」と呼ばれるところが大嫌いだった。
英語の講師になって「先生」と呼ばれるようになった時
家族、友人はもちろん、一番驚いたのは自分だった。
まさかこの私が、人様に「先生」と呼ばれる立場になるとは
夢にも思わなかったから。

だからと言うわけではないが
私は生徒に自分を「先生」を呼ぶことを強要しない。
もちろん、社会一般的に、教わる立場だから
教えていただく方を「先生」と呼ぶものだ、くらいの常識はある。
だがもし生徒たちが、私に対して
何の尊敬も畏敬の念も抱かないのならば
少なくとも私を、先生と呼ぶ必要はまったくない。

過去の猛獣の中には、「ちょっと」とか「ねえ」とかで
ごまかし続けたツワモノもいたが
あのゴリラですら、内部進学を決める数週間前に
混乱し、絶望し、目が完全にぶっ飛んだ時
私を「先生」と呼んだ。
現生徒に関して言えば、あのマルフォイでさえも
質問する時は私を先生と呼ぶのだ。

誰より英語ができるかと問われればノー。
誰より教えるのが上手かと問われてもやはりノー。

唯一自信が持てることと言えば
生徒に背中を向けないこと。
あっと言う間にセンターまであと3か月。
今年もまた、生徒と一緒に苦しむ季節がやってきた。

ひまわり姉妹のS子さん。
勉強の不安も、行き場の無い怒りもモヤモヤも
すべて私が受け皿になる。


暴れたくなったらゴリラを呼んであげる。
肩が凝ったらソーメンダイスキを呼んであげる。
話を聞いて癒してほしければ
高野豆腐ブラザーズを手配する。

もっと頼っていいんだよ。




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