いつもの夜、いつもの食卓で
お父さんのお茶碗と箸がおいてある場所に座って
息子、または娘、またはお父さん以外の誰でもが
おもむろに食事を始めたら、おそらくその食卓は凍りつく。
日本の食卓においては
各自のご飯茶碗、お箸、そして味噌汁椀までもが
個人に帰属するが、これは世界では少数派だと思う。
洋食の食器を考えてみるといい。
あなた方はmy箸やmy茶碗に匹敵する
my皿やmyフォークを持っているか?
なぜ日本の食卓だけが
個人用の食器を持っているのかと言われれば
おそらく日本人は長い間(1920年代くらいまでと推定される)
「箱膳」と呼ばれる、一人用の食卓を使って来たから。
飛雄馬の父がしょっちゅうひっくり返していた「ちゃぶ台」は
実は昭和に入ってから一般化していったもので
古来、日本の食卓は、家族が集まって食べるのではなく
一人ずつに与えられた「箱膳」での個食だったようだ。
食事をするときは箱をひっくり返して膳にし
食事が済んだら各自で食器をさっと拭き
箱の中にしまって次の食事まで片付けておいたため
自然に、箱、茶碗、箸も、それぞれの持ち主が
決まっていたのだと推定される。
西欧人、もしくはアジア人にとってすら
食器や箸が個人専用だという考えは新鮮であるに違いない。
それでも「my cup」で画像検索すると
世界各国の人々が自分専用のカップの写真をあげているので
自分だけが使う食器と言う概念そのものは
universalなのだろうか。
こういう、どーでもいいことを
一日中考えて、あちこち調べて
自分なりに結論を出す自分が大好きだ
お父さんのお茶碗と箸がおいてある場所に座って
息子、または娘、またはお父さん以外の誰でもが
おもむろに食事を始めたら、おそらくその食卓は凍りつく。
日本の食卓においては
各自のご飯茶碗、お箸、そして味噌汁椀までもが
個人に帰属するが、これは世界では少数派だと思う。
洋食の食器を考えてみるといい。
あなた方はmy箸やmy茶碗に匹敵する
my皿やmyフォークを持っているか?
なぜ日本の食卓だけが
個人用の食器を持っているのかと言われれば
おそらく日本人は長い間(1920年代くらいまでと推定される)
「箱膳」と呼ばれる、一人用の食卓を使って来たから。
飛雄馬の父がしょっちゅうひっくり返していた「ちゃぶ台」は
実は昭和に入ってから一般化していったもので
古来、日本の食卓は、家族が集まって食べるのではなく
一人ずつに与えられた「箱膳」での個食だったようだ。
食事をするときは箱をひっくり返して膳にし
食事が済んだら各自で食器をさっと拭き
箱の中にしまって次の食事まで片付けておいたため
自然に、箱、茶碗、箸も、それぞれの持ち主が
決まっていたのだと推定される。
西欧人、もしくはアジア人にとってすら
食器や箸が個人専用だという考えは新鮮であるに違いない。
それでも「my cup」で画像検索すると
世界各国の人々が自分専用のカップの写真をあげているので
自分だけが使う食器と言う概念そのものは
universalなのだろうか。
こういう、どーでもいいことを
一日中考えて、あちこち調べて
自分なりに結論を出す自分が大好きだ

