久し振りに韓国ドラマに夢中になっている。
鬼のようにドラマを見続け、一時は本職の英語より
韓国語の方が頭に浮かぶ状態だったのに
去年の秋を境に、さっぱり興味を失っていた。

10か月ぶりに見たのは
「屋根部屋の皇太子」
もと東方神起のユチョン主演のちょっと変わった歴史ドラマ。

日本放映が決まっているので
詳しいあらすじは載せないが
朝鮮時代の王世子がある事件をきっかけに
21世紀のソウルの屋根部屋にタイプスリップするという話。
朝鮮王朝の言葉、しぐさと
現代の言葉、しぐさを使い分けたユチョンの演技が素晴らしい。
(東方神起時代からユチョン贔屓なんですラブラブ!

このドラマを見ていた気づいたこと。

日本語は語彙が豊富なため
言葉の使い分けだけで時代背景が予測できるが
外国の言葉は語彙が少ないので
発音やアクセントなど、各種音の強調によって
身分を含む背景を表す必要がある。

たとえば英語で一人称を表すのはIであるが
これに対応する日本語としては
「私」「僕」「余」「俺」「朕」「それがし」「我」等々。
二人称もしかり。
「you」に対応するのは「あなた」「そなた」「汝」「お前」等々。
日本語が音に関して他国の言葉より無関心であるのは
おそらく語彙が多いので音に頼る必要が無かったからではないかと
私は思っている。


先ほどドラマの最終回まで無事に見終えて
ずっと昔に読んだJ.デブローの
「時のかなたの恋人」を思い出した。

屋根部屋の皇太子とは少し違うが
やはりタイムスリップしてきた中世の騎士が
現代の愛する女に最後に贈った言葉。

「我が魂は汝が魂を見出すであろう」
おそらく原文は

My soul will find your soul;.のはずだ。
美しい訳だと思う。


韓国ドラマを見ても、英米小説を読んでも
結局は母国語の秀逸さに戻って来るのはなぜだろう。

言葉を極める。その遠い道のりを思う。




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