ドリアンが嫌いだ。
以前記事に書いたベジマイトの百倍嫌いだ。
ドリアンファンの皆様、本当にゴメンナサイ。
でもこれには悲しい過去があるんです。
私が初めてこの恐ろしい果物に遭遇したのは
今を去る事数十年前。
鶴丸航空の若きCAとして人生を謳歌していた頃。
それはタイ、バンコクの通称「魚屋さん」と呼ばれている
魚屋の上にあるシーフードレストランでだった。
運航乗務員、客室乗務員総出で
機長おすすめのそのお店に、みんなで繰り出した。
どういう経緯か、私は機長の隣の席になった。
緊張で、美味しい食事も訳がわからないほどだった。
ジャンボ機の機長というのは乗員、乗務員のトップに立つ人であり
普通は、私のようなペーペーCAなどそばに寄る事もできず
乗務員のヘッド、当時でいうならチーフ―パーサーやパーサーが隣に座り
話し相手になるのが常だったから。
食事が終わり、機長の好みでデザートはドリアンになった。
嫌な予感が、この時からしていた。
ドリアンが運ばれてくると、何と機長は
緊張していた私に気を使ったのか
自ら私の皿にドリアンを取ってくれた。
うう・・・やめて・・。
これ、絶対好きになれない予感が1000%なんですけど。
それでも私はニッコリ微笑んで
「いただきます」とドリアンを口にした。
あの時の衝撃。
ここから下は、お食事中の方は読まないでください。
初めてドリアンを食べた私の感想。
「この世で一番汚いトイレの中でシュークリームを食べてる感じ」
飲み込む事もできず、吐き出すこともできず
そっと席を立つこともできないまま
私は微笑みを顔に張り付けたまま硬直していた。
ウェッとなるのをこらえるのが精いっぱいだった。
そのうちのどがつまって、苦しくなってきた。
それでも私は笑顔を崩さなかった。
私は生まれながらのサービス業なのだ。
そのうち、機長が私の異変に気が付いた。
「この子、泣いてるぞ。誰か水を持って来てやりなさい」
あまりにもウェッを我慢し過ぎて
自然と、涙がボロボロ出ていた。
その後、乗員、乗務員総勢20数名の爆笑の中
私はようやく口の中のドリアンを水で飲みくだした。
初めての出会いが強烈過ぎた。
あの後数十年、ドリアンを口にしていないが
今後も口にする予定はない。一切ない。
以前記事に書いたベジマイトの百倍嫌いだ。
ドリアンファンの皆様、本当にゴメンナサイ。
でもこれには悲しい過去があるんです。
私が初めてこの恐ろしい果物に遭遇したのは
今を去る事数十年前。
鶴丸航空の若きCAとして人生を謳歌していた頃。
それはタイ、バンコクの通称「魚屋さん」と呼ばれている
魚屋の上にあるシーフードレストランでだった。
運航乗務員、客室乗務員総出で
機長おすすめのそのお店に、みんなで繰り出した。
どういう経緯か、私は機長の隣の席になった。
緊張で、美味しい食事も訳がわからないほどだった。
ジャンボ機の機長というのは乗員、乗務員のトップに立つ人であり
普通は、私のようなペーペーCAなどそばに寄る事もできず
乗務員のヘッド、当時でいうならチーフ―パーサーやパーサーが隣に座り
話し相手になるのが常だったから。
食事が終わり、機長の好みでデザートはドリアンになった。
嫌な予感が、この時からしていた。
ドリアンが運ばれてくると、何と機長は
緊張していた私に気を使ったのか
自ら私の皿にドリアンを取ってくれた。
うう・・・やめて・・。
これ、絶対好きになれない予感が1000%なんですけど。
それでも私はニッコリ微笑んで
「いただきます」とドリアンを口にした。
あの時の衝撃。
ここから下は、お食事中の方は読まないでください。
初めてドリアンを食べた私の感想。
「この世で一番汚いトイレの中でシュークリームを食べてる感じ」
飲み込む事もできず、吐き出すこともできず
そっと席を立つこともできないまま
私は微笑みを顔に張り付けたまま硬直していた。
ウェッとなるのをこらえるのが精いっぱいだった。
そのうちのどがつまって、苦しくなってきた。
それでも私は笑顔を崩さなかった。
私は生まれながらのサービス業なのだ。
そのうち、機長が私の異変に気が付いた。
「この子、泣いてるぞ。誰か水を持って来てやりなさい」
あまりにもウェッを我慢し過ぎて
自然と、涙がボロボロ出ていた。
その後、乗員、乗務員総勢20数名の爆笑の中
私はようやく口の中のドリアンを水で飲みくだした。
初めての出会いが強烈過ぎた。
あの後数十年、ドリアンを口にしていないが
今後も口にする予定はない。一切ない。
