NHKのBSで放送された
「ハプスブルグ家」のドキュメンタリーを
週末中、ずっと見ていた。
取材の途中出会う現代の人々に
「あなたは何人ですか?
「何語を話しますか?」と聞くところがあった。
ベルギーのブルージュの人は
「私はフランドル人です。
フラマン語(フランドルの言葉)と英語とドイツ語フランス語を話します。」
オーストリアのチロルの人は
「私はチロル人です。母語はドイツ語ですが
英語とフランス語とイタリア語を話します。」
そしてウィーンの人は
「私はオーストリア人です。
ドイツ語、フランス語、英語、ロシア語を話します」
と答えていた。
多国語を操る事が普通である地がある。
そしてある人はこう言った。
「日本人は何百年も前から日本人だが
我々はそれほどラッキーではなかった」
数か国語を操る人が羨ましくてたまらなかった。
そして、日本に生まれたから日本人だと信じ
日本語を話すことが
まったく不思議ではないと思っていた。
でも、そうではない歴史を持った人たちがいる。
長い歴史の中で、自国の言葉を取り上げられ
もしくは、外国語を話さなければ生きて来られなかった人々。
言語の深さと悲しさを知らされた番組だった。
「ハプスブルグ家」のドキュメンタリーを
週末中、ずっと見ていた。
取材の途中出会う現代の人々に
「あなたは何人ですか?
「何語を話しますか?」と聞くところがあった。
ベルギーのブルージュの人は
「私はフランドル人です。
フラマン語(フランドルの言葉)と英語とドイツ語フランス語を話します。」
オーストリアのチロルの人は
「私はチロル人です。母語はドイツ語ですが
英語とフランス語とイタリア語を話します。」
そしてウィーンの人は
「私はオーストリア人です。
ドイツ語、フランス語、英語、ロシア語を話します」
と答えていた。
多国語を操る事が普通である地がある。
そしてある人はこう言った。
「日本人は何百年も前から日本人だが
我々はそれほどラッキーではなかった」
数か国語を操る人が羨ましくてたまらなかった。
そして、日本に生まれたから日本人だと信じ
日本語を話すことが
まったく不思議ではないと思っていた。
でも、そうではない歴史を持った人たちがいる。
長い歴史の中で、自国の言葉を取り上げられ
もしくは、外国語を話さなければ生きて来られなかった人々。
言語の深さと悲しさを知らされた番組だった。
