先日の記事で私の講師としての転機になった
N子ちゃんの話をしたので
今日はK場くんの話をしようと思う。
K場君は、私の本当に本当に一番最初の生徒だった。
四人兄弟の末っ子で、ご両親は私達の教室を気に入ってくださっていて
四人のお子さん全員を入れてくださった。
小学校6年生の4月、彼は友達3人とともに
研修を終えて講師になりたての私の生徒になった。
最初はまじめだったのに
その後中学生になり、バスケの部活に熱中し
中学二年の終わりには、部活を言い訳に
欠席や遅刻を繰り返し、宿題もやってこなくなった。
私はN子ちゃんの時と同様、彼を小部屋に呼んだ。
エラそうに。
「どういうつもり?やる気が無さすぎるよね」
高飛車にこう切り出した私に帰って来た言葉は。
「塾に行ってない人より、僕の英語の成績は悪い。
本当に悔しい。」
後頭部を殴られたようだった。
申し訳なくて、やりきれなくて、そしてただ、ただ、恥ずかしかった。
「ごめん。本当にごめん。」
私は彼に頭を下げた。
土下座したい気持ちだった。
きちんと授業をしているつもりだった。
適切な宿題を出して、適切な指導をして
誰よりもわかりやすい授業をしているという自負があった。
でも講師は常に、受け止める側の生徒の目線で
ものを考えなければならないと、私はこの時知った。
教えるだけで終わりでは、単に講師の自己満足でしかない。
後から考えれば、K場君とはこの時に
信頼関係が結べたのだと思う。
その後彼は第一志望の県立高校に進み
何と高校三年間の定期テストでは毎回98点以上を取り
その後KO大学に進んだ。
世界の砂漠化を憂い、ミミズがどれほど偉大か
いつか自分がミミズロボットを作って土壌を潤し
自分の手で砂漠化を止めたいと、熱く語ったK場くん。
彼の人生のひと時に、私が関われたことは
私にとって幸運で、そして心の底から
ありがたい事であったと思う。
N子ちゃんの話をしたので
今日はK場くんの話をしようと思う。
K場君は、私の本当に本当に一番最初の生徒だった。
四人兄弟の末っ子で、ご両親は私達の教室を気に入ってくださっていて
四人のお子さん全員を入れてくださった。
小学校6年生の4月、彼は友達3人とともに
研修を終えて講師になりたての私の生徒になった。
最初はまじめだったのに
その後中学生になり、バスケの部活に熱中し
中学二年の終わりには、部活を言い訳に
欠席や遅刻を繰り返し、宿題もやってこなくなった。
私はN子ちゃんの時と同様、彼を小部屋に呼んだ。
エラそうに。
「どういうつもり?やる気が無さすぎるよね」
高飛車にこう切り出した私に帰って来た言葉は。
「塾に行ってない人より、僕の英語の成績は悪い。
本当に悔しい。」
後頭部を殴られたようだった。
申し訳なくて、やりきれなくて、そしてただ、ただ、恥ずかしかった。
「ごめん。本当にごめん。」
私は彼に頭を下げた。
土下座したい気持ちだった。
きちんと授業をしているつもりだった。
適切な宿題を出して、適切な指導をして
誰よりもわかりやすい授業をしているという自負があった。
でも講師は常に、受け止める側の生徒の目線で
ものを考えなければならないと、私はこの時知った。
教えるだけで終わりでは、単に講師の自己満足でしかない。
後から考えれば、K場君とはこの時に
信頼関係が結べたのだと思う。
その後彼は第一志望の県立高校に進み
何と高校三年間の定期テストでは毎回98点以上を取り
その後KO大学に進んだ。
世界の砂漠化を憂い、ミミズがどれほど偉大か
いつか自分がミミズロボットを作って土壌を潤し
自分の手で砂漠化を止めたいと、熱く語ったK場くん。
彼の人生のひと時に、私が関われたことは
私にとって幸運で、そして心の底から
ありがたい事であったと思う。
