高校生の頃、アメリカでホームステイをした。


16歳の夏の一か月を過ごした場所は

イリノイ州の州都、スプリングフィールド。


シカゴのような大都会を持つ州なのに

州都はまるで、「オズの魔法使い」に出てくるような

広大なトウモロコシ畑が広がるアメリカ中西部の田舎町だった。


東京で生まれ育った私はそこで初めて

物語でしか知らなかった「町はずれ」という言葉の意味を知った。

東京に町はずれは無い。

どこまでもどこまでも、家と道路が際限なく続いていくのみ。


その家には私と同じ年のBethという女の子がいた。

ある雨の夜、一緒に狭いポーチでアイスティーを飲みながら

彼女は


「Rain smells」 (雨のにおいがする)


そう言った。


「雨ににおいなんてあるのか」と尋ねた私に

彼女はいかにも当然そうに

「雨に濡れた花や葉っぱや木々や土の匂いがまざって

雨の日特有のにおいがしてるでしょ?」と答えた。


当時の私にとって雨の日のにおいとは

車のタイヤに熱せられたアスファルトが濡れて放つ

不愉快とまでは言わないが

決して好きになれないにおいでしかなかった。



その日から数十年。

彼女との会話も、遠い忘却のかなたに消えていた。


そして今日、いつもより仕事が長引いて

真夜中近くに駅に降り立った私は

降りしきる雨の中、スプリングフィールドの夜と同じ

雨のにおいを感じた。


濃い緑。土。いろんなものが混ざったにおい。いえ、香り。


半年前に移り住んだこの街。

千葉と茨城の県境にあるこの街が

少しずつ自分の街になりつつある。


Rain smells.



雨のにおいがわかる土地に住めることを

心から幸せに思う。