日本人が英語を習うとき
真贋はさておき
皆さん「英語は難しい」とおっしゃる。
でも、私はそうは思わない。
英語ほどストレートで、マニュアルにしやすい言語は
無いと思うから。
たとえば
「お母さんが坊やをボカッと叩いた」
「お母さんが坊やをポカッと叩いた」
さて、痛いのはどっちでしょう?
「雨がポツポツ降っている」
「雨がザーザー降っている」
出かけたくないのはどっちでしょう?
こんな質問に悩む人はいない。
日本語は、擬態語や擬音語が多い。
ヨーロッパ大陸では概念で説明するしかない事象を
日本語は簡単な擬態語や擬声語で表してしまう。
私たちはそれを学習するでもなく、身に着けている。
ボカッと叩かれた坊やより
ポカッと叩かれた坊やの方が
数段痛みは軽かったはずだと
なぜ私たちにはわかるのか。
誰に教えられたわけでもない。
日々日常の中から、私たちは知っている。
そしてこの事象を、日本語を外国語として習得する人々は
苦労して苦労して、身につけねばならない。
私たちが外国語を習得するより
外国の人々が日本語を習得する方が
何倍、何十倍も苦労を伴うはず。
こっそり言います。
なんと小気味良い事でしょうか
真贋はさておき
皆さん「英語は難しい」とおっしゃる。
でも、私はそうは思わない。
英語ほどストレートで、マニュアルにしやすい言語は
無いと思うから。
たとえば
「お母さんが坊やをボカッと叩いた」
「お母さんが坊やをポカッと叩いた」
さて、痛いのはどっちでしょう?
「雨がポツポツ降っている」
「雨がザーザー降っている」
出かけたくないのはどっちでしょう?
こんな質問に悩む人はいない。
日本語は、擬態語や擬音語が多い。
ヨーロッパ大陸では概念で説明するしかない事象を
日本語は簡単な擬態語や擬声語で表してしまう。
私たちはそれを学習するでもなく、身に着けている。
ボカッと叩かれた坊やより
ポカッと叩かれた坊やの方が
数段痛みは軽かったはずだと
なぜ私たちにはわかるのか。
誰に教えられたわけでもない。
日々日常の中から、私たちは知っている。
そしてこの事象を、日本語を外国語として習得する人々は
苦労して苦労して、身につけねばならない。
私たちが外国語を習得するより
外国の人々が日本語を習得する方が
何倍、何十倍も苦労を伴うはず。
こっそり言います。
なんと小気味良い事でしょうか

