国際線のキャビンアテンダントだった時代
日本人、イギリス人、ドイツ人、シンガポール人
ノルウェー人、アイルランド人
香港系中国人(当時まだ香港はイギリスに貸与中だった)
さまざまな国籍の人材が私の下にいた。
英語が話せなければ仕事にならず
できるできないの前に英語を話す必要があった。
そして何より、一か月の三分の二を海外で過ごすにあたり
英語が話せない事はご飯が食べられない事を意味した。
なので私は必死に英語を話した。
わからないでは済まない。
仕事がスムーズに進むように
お客様に快適に過ごして頂けるように
今日一日を生き抜けるように
毎日心を尽くして英語を使った。
あの時代から数十年。
大学受験のための長文読解を専門とする今
当時のような会話能力はほぼ失われてしまった。
その代り、当時はまったく読めなかった英語の本は
スラスラよめるようにはなったけれど。
英語は生き物だと、つくづく思う。
今の自分に必要なものだけが
必死でしがみつくものだけが
この手に残される。
今はある読解能力ですら
私が努力をやめたその瞬間
こぼれ落ちていくであろうことを想像すると
そら恐ろしい感覚と、不思議なことに
いくばくかの安堵感があるのは
なぜなのだろうか。
英語を友とする者は同時に
英語を敵にしている。
