先日、旧友のお母様の葬儀に参列してきた。

僕はお歳を知らなかったけど、僕と同世代の母親となれば、それなりに大体の推測はつく。

死ぬには早すぎる年齢だ。


旧友は、笑顔を取り繕っていたけど、なんだかすごく小さく見えた。

こういうお葬式は、部外者であってもやりきれない。

お母様のご冥福を、心からお祈りしたい。



さて、今回のお葬式、実は僕にとってはうつ病発症以降、初めてのものだった。

その為だろうか、お葬式の印象が過去のそれとは全く違うものだった。

今までは、ものすごく儀礼的に参列して、何の感情も無く済ませていたと思う。

でも、今回は、ものすごく心にズシっと重く響くものがあった。


「死」の影響力というものを、ものすごく大きく感じた。

上手く言葉で表現できないんだけど。


これは多分、一時期希死念慮に支配されていたことによるものだと思う。

あの時は、死ぬことに対して、恐怖もなにも無く、ただ嫁を悲しませてはならないという思いで、ギリギリのところを踏みとどまったわけだけれど、もしあの時死んでいたら、悲しむのは嫁だけではないし、自分では想像もつかないようなところまで影響が出たと思う。


・・・妙な感情が先行して、全然うまく文章が書けない。


しかし、早すぎる死はいずれにしても、周りを負のベクトルに引きずり込む。

それが自殺であるのならばなおさらだ。


死んではいけない。

しかも、うつ病の希死念慮ごときで自らの命を絶つなどということは、絶対やってはならないことだ。

この週末は、繰り返しそういう思いをめぐらせていた。



・・・まとまりのないエントリで申し訳ございませんが、今回はこれでご容赦を。