僕は心療内科に向かう途中、こんなことを考えた。

「これってうつ病だよな」

「うつ病って、治るんだよな」

「うつ病であることを、会社に報告すれば、僕への叱責は無くなるかもしれない」

「むしろうつ病のほうが都合がいいのでは?」

認識の甘さと、擬態うつ病的発想であった。


訪れた心療内科は、インターネットでも散々宣伝をしており、テレビや雑誌でも何度か取り上げられていた、有名なクリニックだった。

つまり、繁盛しており、診療時間が非常に短かった。

初診時は、多分15分もかからなかったと思う。

僕は、今の自分の状況と、精神状態を医師に伝えると、いとも簡単に薬を処方した。

アモキサン25mg

セルシン2mg(頓服)

これが僕の治療生活のスタートだった。


自宅でアモキサンについて調べてみて、このときこれが抗うつ剤であることを初めて知った。

そしてセルシンが抗不安薬であることも。

「やはりうつ病だったのか・・・」

と思うと同時に、

「これで叱責は止み、僕のミスは許される」

と、甘いことを考えてしまった。


年が明けて1月。

2度目の受診をした際に、僕は医師に、自分がうつ病なのかを聞いてみた。

すると医師は

「まあそうでしょう」

と、わりと適当に返事をした。

そして、アモキサンが50mgに増量され、セルシンがレキソタン2mgに切り替わった。


僕は正直、うつ病というお墨付きを得たことで、安堵してしまった。

これでミスは帳消しだ、と。

うつ病を自分の利益のために利用した、まさに擬態うつ病である。(後にそれは擬態ではないことが分かるのだが)


早速所属長に、自分がうつ病であることを告白した。

これには、さすがの所属長も戸惑ったらしく、それ以降叱責されることは無くなった。

しかし、その他に何かケアをしてもらった訳ではない。

その後も通院しつつ、普通に仕事をしていた。

普通に残業もしていた。


医師からは特に何の指導も無かった。

アモキサン50mgで効いているならいいね、ということで、その処方が漫然と続いた。


今思えば、これが大きな間違いだった。

本来であれば、この時点で休職して療養すべきだったのだ。

今更後悔してもどうしようもないのだが。


アモキサン50mgで、しばらくは安定していた。

しかし、2月の下旬、容態が突如変わる。

夜、全く眠れない日が続き、やがて微熱と倦怠感が続くようになったのだ。

僕は最初、ただの風邪だと思った。

そして近くの内科に行き、葛根湯をもらって飲んでいた。

それで一旦は持ち直すものの、1週間後にはまた微熱が出るようになった。

不眠と倦怠感も徐々に悪化していった。

さすがに不安になった僕は、今度は総合病院に行き、血液検査もしたのだが、異常なしだった。


この時、初めて自分の脈が異常だということに気がついた。

常に100/minを超えているのである。

これはおかしいと思い、再度内科を受診するも、血液検査で異常なしだったので相手にしてもらえなかった。

しかし、現実として微熱・頻脈は続き、倦怠感は日に日に悪化しているわけで、僕は自分の体のどこかが絶対におかしくなっていると思い、さらに別の内科を受診した。

まさにドクターショッピングである。

その挙句、そこで出た回答は

「自律神経失調症、的なもの」

という曖昧なものだった。

そして、

「あとは心療内科で相談してください」

と、さじを投げられてしまった。


仕方なく、心療内科で相談をしたところ、

「倦怠感や微熱はよく分からない」

「頻脈は心に緊張があるからであり、緊張がほぐれれば自然に回復する」

「不眠に対しては、眠前にレキソタンを飲むように」

という、今思えば非常に適当なことを言われた。


体の不調は3月も続いていた。

それでも僕は普通に働いていた。

しかし、さすがにこのままのポジションで働くことに対して、すっかり自信を無くしていた僕は、取締役や人事部と相談の上、5月の連休明けから部署を異動させてもらうこととなった。


5月に異動するとなれば、4月中には自分の仕事を別の人に引き継がなければならない。

しかも、僕の会社は、4月は繁忙期だ。

僕はうつ病で、体調も悪く、しかもあまりよく眠れていない状態だったにも関わらず、引継ぎ業務を強行して、残業もしまくっていた。

もう、自分の負の遺産を後任には残したくなかったので、必死になってしまった。


こんな状態でも、何とか4月は乗り越えた。

しかし、ゴールデンウィークに、僕の心の糸は切れてしまった。


(つづく)