5年目。
4月になって約束の人員の増員があった。
新卒の女の子2人。
共にスーパー高学歴。
「これで僕にどうしろと?」
という感じたった。
彼女たちは確かに頭が良く、仕事もてきぱきやってはいたが、所詮は新人である。
一から教えなければならない。
僕は、彼女たちに顧客を引き継ぎつつ、新人教育も並行して行った。
結局のところ、人は2人増えたが、僕の仕事は3人分になった。
だが、ここでも僕はなんとか持ちこたえた。
無事、結婚式も挙げることが出来た。
1週間の新婚旅行は、久々に「義務」から解放された、とても楽しいひと時だった。
やがて夏が来た。
今思えば、この頃から僕の精神はおかしかった。
平日は必死に仕事をしていたが、土日は寝たきり。
しかも、愚痴が増えていた。
「もう新人の相手なんかしたくない」
嫁にいつもそんなことを言っていたらしい。
僕の会社では、夏に会計上のミスや不良債権を整理するのが慣例だった。
僕は、新人の女の子たちに引き継いだ得意先で、僕の時代から発生していた不良債権や、意味不明の余剰金などを、そのまま放置することは出来ないと思い、あれこれ調べて、必死になって帳簿上の矛盾を消していった。
だが、必死になりすぎたあまり、不正会計処理的なこともやってしまった。
金額的には10万円未満の小口を数件だけやったに過ぎないが、不正は不正である。
しかし、今となっては、その不正をどうやったのか、自分でもよく覚えていない。
既にうつが発症しかけていたのだと思う。
秋になって事件が起きた。
女の子に引き継いだ得意先で、毎年3000万円程あった取引規模を2000万前に減らされたという。
減った分の1000万は外資系企業に流れた。
所属長は、過去にこういった大幅な売上減少を経験したことが無く、非常にショックを受けたらしい。
そして、その原因を得意先から必死に聞き出そうとした。
結果、出てきた答えは
「これのさんがあまり営業をしていないから・・・」
というものだった。
数年前からくすぶり続けていた不満は、このような形で露呈した。
所属長は、それまで僕のことを高く評価していたが、この1件で酷く裏切られた気持ちになったらしい。
そして、それをそのまま、僕に伝えてきた。
「正直言って、お前には裏切られたよ」
そして、取締役も交えて、散々叱責を受けた。
僕はこれまで、1000万程度の売上減など些細なことだと思えるほどに、売上を伸ばしてきた。
しかもロクに教育も引継ぎも無く、手探りの状態で。
それに僕は散々言っていた。
「このままじゃ僕も仕事も、どうにかなっちゃいますよ」
と。
にも関わらず、所属長は慌てふためき、僕を責め続けた。
数日後、この件に関して報告書を出すことになった。
もはや報告書というよりも始末書である。
僕はヘタな言い訳などしたくなかったので、
「全ては私の不徳と致すところです。申し訳ございません。」
といった内容のものを提出した。
所属長はこの報告書を見てこう言った。
「もっと言い訳を書け」
「私はここまでこうやって努力してきたけど、結果的には外資に売上を奪われましたと書けばいい。」
僕はこのとき、この人は散々僕のことを責めてはいたが、最終的には守ってくれるのかな、と思った。
ところがである。
報告書は
所属長→(部長は空位の為スルー)→本部長→別の部署の本部長→監査の部→常務
と、経由して、最終的に僕のところに戻ってきたのだが。
その報告書に所属長が赤ペンで信じられないコメントを書いていた。
「本人にはこの程度の認識しかない」
書け、と言った本人に、そう書かれたのである。
そして、そのコメントはお偉方を一周したのである。
たった15字のコメントだが、これによって僕は完全に営業マン失格の烙印を押されたかたちとなった。
誰一人として、上司としての責任は取らず、100%僕のミス、ということになった。
「正直言って、お前には裏切られたよ」
というセリフは、むしろ僕が言いたかった。
しかも、なんとも間の悪いことに、僕が夏にやっていた会計不正処理が、このタイミングで明るみに出てしまった。
金額的には小さいので、普通だったらお咎めなしの範囲だった。
しかし、所属長は完全に僕のことを切り捨てており、いかに自分の出世に影響が出ないかを考えていたらしく、この不正処理についても散々叱責はしつつも、決して助けてくれようとはしなかった。
「定年退職した、あの部長がいたら、うまくもみ消して、ちょっと注意されて終わっていただろうに・・・」
と僕は思ったが、もうどうしようもなかった。
新人の女の子たちの前で、僕は散々叱責されたので、会社での居場所がなくなってしまった。
食欲も無くなり、ため息ばかりつくようになり、会社に行くのが辛くなった。
毎朝嫁に
「会社に行きたくない」
と言いつつ、出勤していた。
嫁は、この僕の変化がただ事ではないことと感じ始めていたらしい。
そして、年の暮れ、僕に心療内科に行くように言ってくれた。
僕は何がなんだか分からないまま、とにかく嫁の言うことを聞き、とある心療内科を訪れた。
(つづく)