うつ病になると、希死念慮を生じるケースが非常に多い。

年間の自殺者が3万人を超えているが、このうち、うつ病が原因だった人の割合はかなり多いのではないだろうか。


僕も重症化していた昨年の5月~7月に、希死念慮を抱いていた。

ただ、僕の場合、他の人とはちょっと違う希死念慮かもしれない。


これは僕の勝手な思い込みなのだが、希死念慮というのは自責の念が強くなりすぎて発症しているケースが多いような気がしている。

「私なんて死んでしまったほうが世の中の為だ」

「生きていても仕方が無い」

などという考え方。


じゃあ僕の場合どうだったかというと、当然自責の念はあったが、自殺したいという衝動を起こしていたのは別のものだった。

僕は激うつと同時に、とてつもない全身倦怠感に見舞われて、何をするにも苦痛が伴った。

一番酷いときは、アモキサンの離脱症状が出ていたころで、焦燥感や不安感も半端ではなかった。

その苦痛が、「自殺」に駆り立てた。

眠れない夜に、一人キッチンに立ち、包丁を手首にあててみたり。

気合で会社に行ったはいいものの、帰りに駅のホームで、飛び込みたくなったり。


「こんなに辛いならいっそ死んだほうが楽だ」


これが僕の希死念慮の動機である。

そのくらい、症状は重かったのだ。


この話を嫁にすると、

「よく死ななかったね。えらいね。」

と褒めてくれる。


いや違うんだ。

自殺しなかったのは君のおかげなんだ。


僕は希死念慮が脳裏によぎったとき、必ず同時に嫁の顔が浮かんだ。

僕が死んだら、嫁はどうなってしまうだろう。

僕は嫁を愛しているが、それと同じくらい愛されていると思っている。

それなのに。

嫁を置いていってしまったら・・・。


いつもそう考えて、あと一歩のところで踏みとどまっていた。


多分、僕は嫁がいなかったらとっくにこの世にはいなかったであろう。

家事が苦手で朝寝坊で、いつも僕に小言を言われている嫁ではあるが、僕にとっては命の恩人なのである。


ようやく回復期と言える時期に入った。

希死念慮もすっかり無くなった。

寛解まであと少しである。


寛解したら、嫁にはたくさんたくさん、恩返しをしたい。