ミツバチの羽音と地球の回転 -3ページ目

ミツバチの羽音と地球の回転

世界と対話し、人とつながる。果てしない日常を面白く活きるために。

最近、自分自身の使命とは何だろうと考えることが多い。

長い長い歴史の大きな流れの中で、現代社会で余分すぎる程の豊さに恵まれた日本という先進国に生まれて、運よく東京の大学に通わせてもらいながら、若者として大変革するこの社会で生きている自分。

ベルリンの壁が崩壊した年に生まれ、その後バブルは崩壊し、直近ではサブプライムローンからのリーマンショック、そして東日本大震災に見舞われ、就職活動は超氷河期と評され、生きづらい世の中だと言われているけれど、人間が一回の人生で経験するであろう貴重なイベントのある程度のラインは経験することが出来たと感じているし、それをラッキーだとも思っている。

私自身、世の中のことを眺めたり、生きていく中で体験してきた出来事は決して多くないし、未熟で無作法な面もたくさんあるけれど、今まで生かされてきたこと、まっすぐに物事と向き合えるように育ててくれた両親や、いつも笑顔で仲間と笑えている事実にとても感謝している。

そして、将来に対する不安や焦りを感じるたびに、視界が開けるような言葉、新しい出会い、突破口となる出来事にたくさん巡りあう事が出来ている。

私は、世界を楽観視している。人は、もっと現実で起きている悲劇や深刻な事実に目を向けるべきであると言うが、その事実に対して感情の振れ幅を過剰に大きくしたり、涙を流したりすることが問題の解決に向かうわけではない事を私は知っている。

与えられたものを、別の誰かへ、渡していくこと。

ペイ・フォワードの実践。それが今の私がすべきことだと思うし、できると確信している。

それが社会に今まで生かされ、家族に守られてきた私自身の使命だと、心から想う。

「2秒後に絶望に変わる希望を与えないで欲しい」と、零した友人がいる。

人と関わり、話をする中で、真剣な話題を「重い」という一言で一蹴する人々。今、この瞬間に相手と向き合う事を先送りにすれば、先送りにされた人は傷つくだろうし、踏まれた足に小さな痛みとその記憶が残るように、その出来事をずっと覚えているだろう。

「私はあなたの話を聞くためにここに居るんだ。」一言、そう伝えてあげるだけでいい。

私が私らしく、私の人生を思い切り楽しんで生きるという事は、誰に誓ったわけでもなく、私の遺伝子に組み込まれたプログラムなんだという事。それを思い出して、起動させてやればいいだけ。

世界の大きな流れの中で、沢山の人と沢山の場所で多くの日常を過ごしながら、自分自身が自分の歴史の一幕で主役とし生きる事。自分自身と向き合い、本質を大切にしながら生きていくこと。

今ここにいる自分100%を全うすることが、人と関わり感謝と誠意を伝えていく中で最も大切なことだと思う。


数秘術「3」より引用―

あなたの使命は「精神的な喜びを人々に与える」ことです。

精神世界と現実世界の橋渡しを行い、自分自身の本質に目を向け、自己探求することの大切さを人々に伝える役目があります。



今私自身が感じ、確信し始めたことと、この数秘術の記述が、完全に一致していることに驚いた。

今後の未来に期待と希望を込めて、今を精一杯、生きていこう。
公と私のはざまで揺れ動く日々への架け橋として。

これから生きていく上でなにが本当に必要なのか、もう一度再考するために必要な言葉たちだと思っています。


ナカガワのログより転載。
こちらのブログからお借りしました。

△以下転載▽

昨晩の高橋源一郎さんの一連のツイート。
ご本人も転載可とおっしゃっているので、
いつかまた読みたくなる日が来ると感じたのでコピペさせていただく。

午前0時の小説ラジオ・震災篇」・「祝辞」・「正しさ」について・1・今年、明治学院大学国際学部を卒業されたみなさんに、予定されていた卒業式はありませんでした。代わりに、祝辞のみを贈らせていただきます。

「祝辞」2・いまから四十二年前、わたしが大学に入学した頃、日本中のほとんどの大学は学生の手によって封鎖されていて、入学式はありませんでした。それから八年後、わたしのところに大学から「満期除籍」の通知が来ました。それが、わたしの「卒業式」でした。

「祝辞」3・ですから、わたしは、大学に関して、「正式」には「入学式」も「卒業式」も経験していません。けれど、そのことは、わたしにとって大きな財産になったのです。

「祝辞」4・あなたたちに、「公」の「卒業式」はありません。それは、特別な経験になることでしょう。あな たたちが生まれた1988年は、昭和の最後の年でした。翌年、戦争と、そしてそこからの復興と繁栄の時代であった昭和は終わり、それからずっと、なにもか もが緩やかに後退してゆきました。

「祝辞」5・そして、あなたたちは、大学を卒業する時、すべてを決定的に終わらせる事件に遭遇したのです。 おそらく、あなたたちは「時代の子」として生まれたのですね。わたしは、いま、あなたたちに、希望を語ることができません。あなたたちは、困難な日々を過 ごすことになるでしょう。

「祝辞」6・あなたたちの中には、いまも就職活動をしている者もいます。仮に就職できたとして、その会社が いつまでも続く保証はありません。かつて大学生はエリートとされていました。残念ながら、あなたたちはもはやエリートではありません。この社会に生きる大 多数の人たちと同じ立場なのです。

「祝辞」7・だからこそ、あなたたちの生き方が、実は、この社会を構成する人たちみんなの生き方にも通じていることを知ってください。わたしは、この学校に着任して六年、知識ではなく、あなたたちに「考える」力を持ってもらえるよう努力してきました。

「祝辞」8・その力だけが、あなたたちを強くし、この社会で生き抜くことを可能にすると信じてきたからです。あなたたちは、十分に学びましたか? だったら、その力を発揮してください。まだ、足りないと思っていますか? では、社会に出てからも、努力し続けてください。

「祝辞」9・あなたたちの顔を見る最後の機会に、一つだけ話したいことがあります。それは「正しさ」につい てです。あなたたちは、途方もなく大きな災害に遭遇しました。確かに、あなたたちは、直接、津波に巻き込まれたわけでもなく、原子力発電所から出る炎や煙 から逃げてきたわけでもありません。

「祝辞」10・けれど、ほんとうのところ、あなたたちはすっかり巻き込まれているのです。なぜ、あなたたちは「卒業式」ができないのでしょう。それは、「非常時」には「卒業式」をしないことが「正しい」といわれているからです。でも、あなたたちは納得していませんね。

「祝辞」11・どうして、あなたたちは、今日、卒業式もないのに、少し着飾って、学校に集まったのでしょう。あなたたちの中には、少なからず疑問が渦巻いています。その疑問に答えることが、あなたたちの教師として、わたしにできる最後の役割です。

「祝辞」12・いま「正しさ」への同調圧力が、かつてないほど大きくなっています。凄惨な悲劇を目の前にして、多くの人たちが、連帯や希望を暑く語ります。それは、確かに「正しい」のです。しかし、この社会の全員が、同じ感情を共有しているわけではありません。

「祝辞」13・ある人にとっては、どんな事件も心にさざ波を起こすだけであり、ある人にとっては、そんなものは見たくもない現実であるかもしれません。しかし、その人たちは、いま、それをうまく発言することができません。なぜなら、彼らには、「正しさ」がないからです。

「祝辞」14・幾人かの教え子は、「なにかをしなければならないのだけれど、なにをしていいのかわからな い」と訴えました。だから、わたしは「慌てないで。心の底からやりたいと思えることだけをやりなさい」と答えました。彼らは、「正しさ」への同調圧力に押 しつぶされそうになっていたのです。

「祝辞」15・わたしは、二つのことを、あなたたちにいいたいと思っています。一つは、これが特殊な事件で はないということです。幸いなことに、わたしは、あなたたちよりずっと年上で、だから、たくさんの本を黄泉、まったく同じことが、繰り返し起こったことを 知っています。

「祝辞」16・明治の戦争でも、昭和の戦争が始まった頃にも、それが終わって民主主義の世界に変わった時に も、今回と同じことが起こり、人々は今回と同じように、時には美しいことばで、「不謹慎」や「非国民」や「反動」を排撃し、「正しさ」への同調を熱狂的に 主張したのです。

「祝辞」17・「正しさ」の中身は変わります。けれど、「正しさ」のあり方に、変わりはありません。気をつけてください。「不正」への抵抗は、じつは簡単です。けれど、「正しさ」に抵抗することは、ひどく難しいのです。

「祝辞」18・二つ目は、わたしが今回しようとしていることです。わたしは、一つだけ、いつもと異なったこ とをするつもりです。それは、自分にとって大きな負担となる金額を寄付する、というものです。それ以外は、ふだんと変わらぬよう過ごすつもりです。けれ ど、誤解しないでください。

「祝辞」19・わたしは「正しい」から寄付をするのではありません。わたしはただ寄付をするだけで、偶然、 それが、現在の「正しさ」に一致しているだけなのです。「正しい」という理由で、なにかをするべきではありません。「正しさ」への同調圧力によって、「正 しい」ことをするべきではありません。

「祝辞」20・あなたたちが、心の底からやろうと思うことが、結果として、「正しさ」と合致する。それでいいのです。もし、あなたが、どうしても、積極的に、「正しい」ことを、する気になれないとしたら、それでもかまわないのです。

「祝辞」21・いいですか、わたしが負担となる金額を寄付するのは、いま、それを心からはすることができな いあなたたちの分も入っているからです。三十年前のわたしなら、なにもしなかったでしょう。いま、わたしが、それをするのは、考えが変わったからではあり ません。ただ「時期」が来たからです。

「祝辞」22・あなたたちには、いま、なにかをしなければならない理由はありません。その「時期」が来た ら、なにかをしてください。その時は、できるなら、納得ができず、同調圧力で心が折れそうになっている、もっと若い人たちの分も、してあげてください。共 同体の意味はそこにしかありません。

「祝辞」23・「正しさ」とは「公」のことです。「公」は間違いを知りません。けれど、わたしたちはいつも 間違います。しかし、間違いの他に、わたしたちを成長させてくれるものはないのです。いま、あなたたちが、迷っているのは、「公」と「私」に関する、永遠 の問いなのです。

「祝辞」24・最後に、あなたたちに感謝のことばを捧げたいと思います。あなたたちを教えることは、わたしにとって大きな経験でした。あなたたちがわたしから得たものより、わたしがあなたたちから得たものの方がずと大きかったのです。ほんとうに、ありがとう。

「祝辞」25・あなたたちの前には、、あなたたちの、ほんとうの戦場が広がっています。あなたを襲う「津波」や「地震」と、戦ってください。挫けずに。さようなら。善い人生を。
自分の目の前にある現実をきちんと見つめて、
今やるべきことを淡々とやること。

将来への不安も期待も、事実(起きている現実)をベースに考えれば、
すごく簡単でシンプルなことだと分かる。

感情の動き一つでどうにかできるし、簡単に変わること。

自分に与えられた現実を楽しみながら積み上げていく。
過剰な不安も、無責任な期待も、必要ない。

私自身にとって、社会のみんなにとって、本当に目を向けるべきこと、
動くべきことは一体何なのか。出来事の本質を見誤らないように。

暖かい心と、冷静な頭を使いながら。
それができる資質をみんな充分もっている。

日々 一歩ずつ、着実に活きて、生きて抜いていこう。
どうも、これんじです。

この4月で4年生。大学生活もとうとう終盤戦に入り、20代も2年目となりました。来年はいよいよ社会人。

そこで、日々の生活や意識の流れを統合し、未来のために毎日の出来事をリアルかつ鮮明に記録すべく、ブログを一新することにしました。


≪リニューアルする上でのいくつかの取り決め≫

①▼感じ、考えたこと、日々の活動や対話の記録など、事実に基づいて自分自身の思考と言葉で、シンプルに表現する。

②▼あらゆる思想やその他偏りのある主義や立場からではなく、ありのままの現実を真摯に受け止め、フラットに語る。

③▼抽象的な意識や感覚を具体的に明文化する。客観的な事実と主観的な意見を区別し、良質な記事を発信していく。


▲上記3点を念頭において、アウトプットの訓練をしていきたいと思います。


どうぞお気軽にお立ち寄りくださいね♪
今夜はひょんなことから、遺伝子工学の権威、村上和雄氏の講演会に行ってきた。

私達の身体は、約60兆個の遺伝子で構成されている。

講演会で、彼の胆落ちした言葉というと、【遺伝子と感性はリンクする。】

ということ。

オンとオフを繰り返す私達の遺伝子。

一人ひとりの人間には何か、使命が与えられていることは確かで、必要な時に必要な人のスイッチが入るのだと感じられた。


遺伝子はコントロール可能だそうで

―――引用開始―――

自分にとって好ましい遺伝子が人よりちょっと余分に働いてくれれば、それまでの自分とは違った自分になれる。

これは間違いのない事実です。では、そのためにはどうしたらいいのか?

自分にとって好ましい遺伝子のスイッチをオンにして働いてもらい、好ましくない遺伝子はオフにして眠らせる。生活習慣や考え方を意識的に変えて、遺伝子の能力を自分でコントロールすればいいのです。

村上和雄 著
スイッチ・オンの生き方
致知出版社 より抜粋

―――引用終わり―――


私も日々をスイッチ恩で活きていこう。