この4月から医師の働き方改革の一環として勤務医に対する残業規制が始まった。残業規制と言っても過労死ラインである年間960時間以下(月平均80時間以下)が基本で、研修医や緊急医療従事する場合などは特例として年間1860時間までの残業が認められる。2022年時点では常勤勤務医の約20%が年960時間以上、約4%が1860時間以上の残業を行っていたので、4月からの残業規制で一部の病院では医療体制縮小などの影響が出始めている。

 

医師不足が原因なので医師をもっと増やせば良いかというと、そう単純な話ではない。下のグラフは医師の受給推計で、需要ケース1、2、3はそれぞれ年間残業時間を720時間、960時間、1860時間に制限した場合の試算。医師の数は2010年頃から医学部定員を大幅に増やしため年々増加しているが、今後団塊の世代による医療需要が徐々に減って行くため、いずれ需給が均衡し、その後は医師が過剰になってくる。

 

ケース1の試算では需給が均衡するのは8年後の2032年。臨床医の育成には医学部6年と研修2年で最低8年かかるので、このレベルでの均衡を目指すなら来年度から医学部の定員削減を考える必要がある。ただし、年間残業時間を720時間ではなく一般職同様の360時間を目指すなら、定員削減どころか若干の増員も必要かも知れない。

 

なお、この試算でも遠隔診療やAIの導入による効果をある程度は見込んでいるのだが、今後AI医療が普及し、医師の省力化が急速に進むとすれば、医師増員も行い難い。いづれにしても、お隣韓国で今騒がれているような医学部定員の大幅増員のような話には日本ではならない(と思う)。

 

  厚生労働省「医師需給分科会」2020(令和2)年度 医師の需給推計

 

医師の増員が難しければ、患者を減らせば良い。

医師といっても過重労働が問題になっているのは主に大病院の勤務医なので、大病院に集中する患者を制限し、中小病院やクリニックに受け入れてもらえば良い。

 

従来から医療機関毎の機能分業を進めるため、大病院では他の医療機関からの紹介状がないと新患は受け入れないか、紹介状なしの特別料金(初診選定療養費)が掛かる。また、病状が安定した患者は中小病院やクリニックに転院するよう促す(逆紹介)ことが推進されている。ちなみに200床以上の大病院での選定療養費は初診7,700円以上、再診3,300円以上が「義務化」されている。再診選定療養費は正式に逆紹介された後もその病院で診療を受ける場合に発生するもの。

 

本来は医療機関毎の機能分業を進めるための制度だと思うが、医師の働き方改革を進めるためにも利用されているようだ。数年前から「病状が安定した患者にはかかりつけ医や他の医療機関を紹介します」などの掲示を見ることが多くなったような気がするが、これは今年度から始まった医師の残業規制のことも見越してのものだったのかも知れない。勤務医の残業時間はまだまだ過重なので、今後も逆紹介される機会はますます多くなって行きそうな気がする。

 

頭では必要性を理解しても、もし自分が「あなたは病状が安定しているからクリニックに転院してください」と逆紹介されると「なんか嫌だ」。恐らく、大病院の方がクリニックより良い治療を受けられるし、治療費もほぼ同じだと思っているからであり、それはある程度正しい(と思っている)。AIに聞いたら大病院での治療費(診療報酬)をもっと上げた方が良いというが、確かに何かマイナスのインセンティブでも課さないと大病院への患者の集中も、そこで働く勤務医の過重労働もなかなか解消しないような気がする。

 

 

(追記)

大病院とクリニック、初診料は基本的は同じだが再診の場合の費用は大きく違うようだ。大病院では再診料740円、クリニックでは再診料に外来管理加算が付いて1,250円、更に特定疾患では管理指導料2,250円が付いて合計3,500円になることがあるという(全て10割負担の場合)。特定疾患には、がん、心不全、脳血管疾患のようなものから胃潰瘍のようなものまで含まれているが、今年度(2024年度)から糖尿病や高血圧などは除外された。

 

大病院もクリニックも治療費はほぼ同じだと思っていたが、場合によっては大病院の方が安いこともある。AIが大病院での治療費をもっと上げる案を示したのは、こういう状況を知っていたからかも知れない。