ステージ4の食道がん、手術が出来ないので放射線と抗がん剤で治療した。幸い治療が良く効き、がんが小さくなって、医師から「今なら手術できます」と告げられた。TVドラマなら患者は皆大喜び。ところが、私は少しも嬉しく無かった。どうやら少し変な奴…らしい。

 

温故知新ということでも無いが、2年も経つと、その時は気付かなったことに気付くこともある。少しは客観的に見ることができるようになったからかも知れない。

 

ここでは、救済手術はリスクが高いとか、その時点で手術の判断するのは適切でないとか、そういった込み入った話をしているのではない。手術の話を聞いた瞬間に嬉しいと思えなかった気持ち、不快な感情が何故湧き上がって来たのかという話。

 

単純なことだった。手術が良い話だと感じなかっただけのことだ。

 

当時は化学放射線治療終了後約1か月半位、体重こそ10kg近く減ったままだが、体力はほぼ治療前に戻っていた。治療開始直後は、椅子に30分も座っていると辛くて直ぐ横になりたかったし、立ち上がるだけで立ち眩みがした。それが治療前と同じように動けるようになったし、体調がすこぶる良かった。

 

食事も1時間かけて以前の1/3位食べるのがやっとだったのに、好きなものをほぼ普通に食べられるようになっていた。もちろん放射線治療の副作用の食道炎がまだ残っていたので飲み込む時には痛かったが、食べられることの喜びの方が優っていた。食道炎はその内に治ることを知っていたので、大した問題では無かった。

 

客観的に見ると食道炎や体重減で治療前と比べて劣る部分もあるのだが、苦しい時を乗り越えた後なので主観的には満足度120%、気力も体力も充実していた。そんな時に手術の話。手術は痛いし、その後にダンピング等の後遺症が残ることは知っていた。手術が成功しても、日常生活の満足度は80%位にしかならないかも知れない。

 

手術すれば120%から80%へ生活の質(QOL)が落ちることを直感的に感じたから嬉しくなかったのだ。

 

TVドラマで医師から「手術が出来るようになりました」と言われて喜ぶ患者、その前のシーンでは闘病の苦しさに耐える患者の姿があったハズだ。がんの痛みや抗がん剤の苦しさで満足度30%位の生活がずっと続いている。もし手術が出来れば、今の苦しさから逃れられ、満足度80%の生活が送れるかも知れない。だから、手術が出来ることは喜びなのだ。

 

そう考えると当時、満足度120%の私が「手術が出来るようになりました」と言われて喜びを感じなかったのは自然なこと。決して変な奴ではなく、ごく普通の人の反応だ。そんな状態の私に救済手術を勧めた外科医の方こそが変な奴だったのかも知れない。

 

 

蛇足: 現状維持バイアス

当時、折角効いている治療を中止して何故リスクの高い手術に踏み切るのか疑問だった。手術するにしても、もう暫く抗がん剤治療を継続して、効果を見極めてからでも遅くは無いと考えていた。それはそれで一つの選択であると今でも思っている。

 

ただ、そう思った背景には、現状維持バイアス、つまり新しい事を避け今まで通りでいたいという心理が働いたのかも知れない。抗がん剤治療は既に3クール行って、どの様なものかは大体知っている。一方、手術は痛そうだし、その後どうなるか分からない未知の世界。取り敢えず先送りしたいという気持ちが働いたのかも知れない。

 

自分にもそうした傾向がありそうなので、なるべくバイアスを取り除いて考えるように心掛けているつもりではある。一応…

 

 

          紅葉が見頃、多摩川の河畔林