事件屋はナナホテルの一室で目が覚めた。
頭をぶつけて気を失ったらしい。いつもの事件屋らしくない。感情的になった。見ず知らずの男。ただの依頼人。だが、そんな男の態度に腹がたった。
数時間前。
女のうなじから背中にかけて虫に食われた痕がある。ダニ、南京虫の類だろう。それは昨日、今日できたものではない。生まれたときから劣悪な環境で育ってきた傷だ。スラムのようなところ。実際にスラムだろう。下水とはスラムの横を流れるどぶ川のこと。屋台の残りをもらい飢えに耐え、人間でありながら犬や猫と同じ生活を強いられている。親はいないかもしれない。いるにしてもまともな状況ではあるまい。寝たきりか、クスリか、あるいは酒びたりか。
バンコクに出稼ぎにきたことにより、飲める水と陽の入る部屋を手に入れることができた。妹や弟は今でもスラムに住んでいるに違いない。学のない人間がバンコクで仕事をするのは簡単ではない。仕送りどころかわずか2,000バーツの家賃を払うことができず男に体を売る。
依頼人の男は女を指差し、この女に病気をうつされたと言う。
「俺の仕事は女をさがしてくることだ。こうして見つけて、連れてきた。あとはあんたたち二人の問題だ。」
「ちょっと待て。この女に病気を移されたんだぞ。何とかしてくれ。」
「もう一度言う。俺があんたから頼まれたのは、女をさがしてくること。それだけだ。」
「ちょっと待て。」
「しつこい」
事件屋は男の手を払いのけた。そのあとナナホテルのロビーでとっくみあいの喧嘩になり、馴染みのセキュリティが仲裁に入ってきたことまで覚えている。
病気をうつされたことに怒り相手の女をさがしてくれという依頼が入ったのは三日前のことだった。病気をもつ女をさがすのは難しいことではない。噂はすぐに広がる。病気をもつ女は普通の売春宿では働けない。そんな女は、そんな女たちばかりが立つ場所に集まる。ルンピニー公園、ヤワラーのロータリー。二晩もさがせば簡単にみつけることができる。
事件屋には遠い昔、愛した女がいた。彼女は幼少のころに病気をうつされ若くして他界した。この依頼に感情的になってしまったのは、女が病気になった背景を依頼人の男が微塵も気に止めていなかったからだ。