理想的な夏に始まる恋のシチュエーション ブログネタ:理想的な夏に始まる恋のシチュエーション 参加中
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「ちぇ、こんなはずじゃなかったのに。」

成田空港のチェックインカウンタで搭乗券を受け取った健一は面白くなさそうにつぶやいた。

一週間前に「あなたとはタイに行きたくない。」と別れ話を切り出された。そもそもバンコクに行こうと言ったのは洋子だった。健一は二人分の航空券を手配し、少し見栄をはってリゾートホテルのエクゼクティブルームに予約を入れた。お盆の航空券は安くなく、今回の旅行で健一のボーナスは飛んでいった。洋子の航空券をキャンセルしたが、一週間を切っているということで、手元に戻ってきたのは半額だった。

会社には一週間の休暇を申請してある。ホテルと航空券をこれ以上キャンセルしたら、お金をドブに捨てて、一週間引きこもりの生活をすることになってしまう。部屋で一日中ゲームとDVDの生活と不慣れな土地での一週間の生活を秤にかけて、健一はタイを選んだ。

健一はタイよりもグアムかハワイのほうがよかった。
タイは昨年からデモやテロが繰り返されているイメージがある。グアムやハワイなら日本語が通じるような気がするが、タイ語は象形文字のようであり、英語すら通じないんじゃないかと思っている。


一人の飛行機は退屈だった。
機内で映画上映はあったが、航空会社が配る安物のヘッドフォンでは耳が痛くなり、途中で観るのをやめてしまった。タイの入国管理は長蛇の列で自分の番になるまで30分は待たされた。こんなことなら引きこもりのほうがよかったとすら思えてきた。

「マリオットリゾートアンドスパ」

タクシーの運転手に行き先を告げたが、通じている様子はない。

「マリオット、リゾート、アンド、スパ」

ゆっくり繰り返したが同じだった。
インターネットから印刷した地図を渡したところ、運転手は黙って頷き、地図を健一に返した。

「ほんとにわかったのかよ、、」

少なくとも洋子は健一より海外旅行慣れしていた。今まで二度二人で旅行した。航空券やホテルの手配は健一の役割だが、旅先で行動の先頭にたつのは洋子だった。洋子は過去二回の旅行を思い出し、情けない健一に愛想をつかしたに違いない。この一週間、洋子が自分を振った理由を考えていた。その理由がわかったような気がする。

「キングサイズのベッドにしますか?それともクイーンサイズベッド二つのほうがよろしいですか?」

ホテルのレセプションの女性は笑顔ながらも事務的に聞いてきた。
「お連れの方はどうされましたか?」と聞かれなかったことだけが、せめてもの救いだった。

ボーイが部屋に案内してくれた。
バルコニーからのチャオプラヤの眺めは美しく、夜になれば遠くに見えるバンコク市街の高層ビルの明かりが綺麗な夜景になるに違いない。こんなホテル、こんな部屋に男一人で泊まる自分は、DVDを観て自宅で一週間過ごすより惨めだ。

せっかくリゾートホテルに来たのだからと健一は気を取り直してプールに行くことにした。
陽が傾きかけているので着替えるのはやめ、ビーチサンダルをカバンの中から取り出し、履き替えるだけにした。

南国の椰子やよく手入れされた庭園を抜けたところにプールがあった。プール遊びの時間は終わったらしく、誰もいない。

そんなとき向こうから歩いてくる人影があった。サマードレス姿の美しい女性。

「こんにちは」

中国人あるいは韓国人だったら、どうしようと思いながらも、思い切って日本語で声をかけてみた。

「こんにちは」

彼女も日本語でこたえた。

恵(けい)は上司との社内不倫が会社にばれて、彼とは別れることになり、会社も退職することになった。傷心旅行でタイにやってきて、3日前からこのホテルに泊まっているという。



↑こんな出会いをこの夏は期待しています