時を同じくして、ユダヤでは

 

 

 

( `ー´)ノ 「神に還るのだ!天の国はすぐそこまで来ているぞぉ!」

 

 

 

バプテスマのヨハネは、人々を導いていた。

 

 

「バプテスマ」とは洗礼する人を示す言葉である。

 

「洗礼」とはキリスト教に入るための儀式のようなもである。

 

 

 

つまり、人々にキリスト教を広め、これまでの自分の行いを省みるようにする人である。

 

 

 

多くの洗礼者は当時存在したが、ヨハネのように一生懸命な人は少なかった。

 

その証拠に、ヨハネは貧相な服装であった。さらに食べるものといえば、イナゴとの花の蜜だけであった。

 

 

本気度がそこら辺の人とは違うのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日、彼のもとに洗礼を受けに来る人の中には、キリスト教の中の他の宗派の人たちがいた。

 

そんな人たちには、彼らに洗礼の本気度を問う。

 

 

(*‘ω‘ *) 「あなたたちは自分の宗派をまだ心の中に持っているようですね。洗礼さえ受けてしまえば、神の国に行けると思っているのでしょうか?」

 

 

('◇')ゞ 「いえ、そんなことはありませぬぞ!ほんきですよ、ほんき。あはは。」

 

 

(*‘ω‘ *) 「神はその辺の石からでも人を作ることができるのです。それこそ【意志】なのです。」

 

 

 

( ゚Д゚) 「ま、またまたぁ」

 

 

(*‘ω‘ *) 「本当なのです。あなた方の表の言葉だけを変えても神の国には還ることはできません。心の奥底にある、根元から考え方を改め、行動を変えることが必要なのです。」

 

 

そういって、ヨルダン川の水で洗礼した。清めた。

 

 

(*‘ω‘ *) 「いいですね。これから先、私よりもずっと力のある人がやってくるといわれております。その人はあなたたちを火で洗礼します。覚悟しておいてください。」

 

 

 

('◇')ゞ 「はい!ヨハネ様!!新しいずっと力のある御方を楽しみに待っております。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その洗礼の場所に、彼もやってきたのである。

 

 

(*'▽') 「ヨハネさま、私のことも洗礼していただけないでしょうか。」

 

 

(*‘ω‘ *) 「あ、あなたさまは!?ついに来られたのですか!」

 

 

本来なら、逆である。

 

 

イエスキリストが洗礼者ヨハネを洗礼するはずなのである。

 

 

 

(*‘ω‘ *) 「逆の立場だと思うのですが・・・汗」

 

 

(*'▽') 「わたしの言うとおりにしていただきたいのです。このように儀式をちゃんとやっていくことが、私たちに必要なことなのです。」

 

 

('◇')ゞ 「わかりました。言うとおりにやらせていただきます。」

 

 

 

ヨハネはイエスに水の洗礼を行った。

 

 

 

 

 

 

 

洗礼が終わるとイエスはすぐにヨルダン川から上がった。

 

すると、天が開いたかのように澄んだ空気に包まれ、声が響いた。

 

 

* 「愛するイエス、彼の中に神が満ちた。」

 

 

 

 

イエスの第一歩である。

 

ここからイエスは多くの人と関りを持って広がっていくことになる。

 

本当に奇跡の連続である。

 

 

つづく。

 

 

 

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