こんにちは。
お互いを尊重するために法を使う
弁護士の奧村裕子です。
ちょっと私の恥ずかしいことを書くのですが、
今年の6月に中学校の同級生と子連れでグランピングに行きました。
集まった友人達は、カナダ、北海道、横浜、とみんな住む場所が異なるのでまた来年も
集まって遊ぼうね~って。
私の子供も友達の子供達と仲良く遊んで、「楽しい、また遊びたい」となって
良かったな~、また遊ぼうねというので次の日は解散しました。
その数日後、私以外の友人がみんなで集まって子供も一緒に遊んでいる様子のインスタのストーリーを見たんです。
その時の私はとてもショックで、「仲間外れにされた」と感じました。
そのストーリーを見た私の子供は、「●●ちゃんだ!一緒に遊びたい!」と言っていて、
それを聞いた私は更に悲しい気持ちになりました。うちの子供はその場にいなかったんだって。
当時の私は、友人達の状況を考えるまでの洞察力がなく、過去の私の経験から「仲間外れにされた」という感情が浮かび
もうやだってなって、彼女たちのインスタのフォローを外し、何も言わずにグループラインから抜けました。
過去の私の経験というのは、学生時代のいじめです。
小1と小6の時に転校を経験していて、
小6の転校の時は、普段普通に接してくれていたクラスの女子達が、私が廊下にいることを知らずに、クラスの中で私の悪口を言っているのを聞いたんです。
忘れ物を取りに教室に戻ろうとしたら、教室で「生意気だよね~」、「でしゃばってるよね」などの話をきき、忘れ物は取らずに家に帰ったな、、、
次の日は、悪口を聞いたとことは胸に秘め、表向きはそのまま、笑ってその子たちと普通に過ごしていました。
この時、私に生じた信念は、「人は信じられない」、助けてくれるのは自分の努力だけ。
更に、中学2年生のときに、部活のメンバー女子全員から突然無視され、土日の練習場所の連絡が自分にまわってこないという状況になりました。仕方がないので男子に場所を聞いていた記憶があります。
幸い、クラスの友達がいたから、あいつらに負けないって思って、勉強も部活も頑張ろうって思って過ごしていました。
この結果私に生まれた信念は、
・みんなに好かれなくていい、理解してくれる人だけでいい。
・できた友達は大切にしよう
でした。
思春期の私にはさらに辛いことがありました。
部活の女子達から無視をされる前に、好きな先輩の話をしていて、バレンタインにみんなでチョコ渡そうという話になっていて、実際私はその先輩にチョコを渡したんです。
そしたら、ごみ箱にチョコが捨ててあったのを見たのと、部活のその女子達と先輩達が、私がチョコをあげたことについて、あんなのもらうわけないよね~みたいな話をしているのが聞こえました。
これがきっかけで、外見コンプレックスになり、少しでも可愛くなりたくて私は中学卒業後、目の整形をしました。
臆病だったので、奥二重の幅をちょっと広げる程度でしたが自分の中では自信をつけたくて。
母親はどんな気持ちだったんだろうな。。。
でもこれだって、自己肯定感とは逆の方向にいってしまいました。
まわりから、たとえ可愛いといわれても、整形してるしって。
インスタとかで積極的に整形を発信している人をみると、素敵だなって思います。
今の自分をまるごと認めているところが素敵です。
話を元に戻しますが、中学校のライングループの友達には、
整形のことや大学中退の本当の理由(中絶の時の苦しさ)など伝えていませんでした。
最近、自分自身の心と向き合うことを行い、
このライングループを抜けた行為について、
「本当は私はどうしたかったの?」
「彼女たちはどうして私に声をかけなかったのかな」
これを自問自答しました。
・本当は一緒に行きたかった!って軽やかに言えたらよかった
・私が忙しいと思ったのかもしれない
・たぶん仲間はずれにしようだなんて思っていない(大人なのでそんなことは思わないし、優しいので)
一方で
・相手がどう思うのか配慮が足りない
・雑に扱われた
そんな感情もまた生じてきました。
これらは、相手を責めているので、もう一回自分を見つめ直しました。
過去に雑に扱われた経験があったから、それに反応しているだけで、彼女たちの行動が問題ではないのです。
雑に扱われて、傷ついたんだなー。そのときは、もっと私のこと大切に扱って欲しかったんだなーって。
自分を見つめた結果、
「もう一回ライングループに入りたい」
「また一緒に遊びたい」
って思うのが本音と気が付きました。
これ、43歳で![]()
小学生みたいな心境で恥ずかしい~
モヤモヤを解消するのに、
横浜に住んでいる友達に連絡して、会うことになりました。
友人に、今まで話していなかったこと
・整形
・大学中退の本当の理由と死にたいと思っていたこと
・グランピングからのライングループ抜ける
ことを話しました。
ライングループを抜けたことについては、
私はそのときこう感じていて、今はこう思って、もう一回ライングループ入れて欲しいんだ
ってことと、仲良くなりたいから自分の気持ちを正直に伝えるっていう姿勢でお話をしました。
友達からは、
「話してくれてありがとう」
「ライングループ抜けて、もしかしたらあのことかなと思っていた」
「そういうつもりじゃなかったけど、そう思うよね。ごめんね」
彼女の辛かった過去の経験などもシェアしてくれました。
カナダと北海道の友達には、ラインで同じことを伝えました。
カナダの友達からは、
「悩みを相談してくれないから壁を感じていた」
「本音を言ってくれて嬉しい」
「コンプレックス持っていたなんて知らなかった」
北海道の友達からも
私のことを「イジメやコンプレックスとは無縁だと思っていた」
「そんな風に思わせちゃって悲しい」
って言ってもらえて、、、
そして、またライングループに入りました![]()
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悩んでいることを伝えているつもりだったけど、
事実だけで、そのときの感情までは伝えていない部分もあったな。
本音で話をすると、本音が返ってくるんですね。
もう43歳なので、誰に何を思われるのかではなく、自分がやりたいことに全力で取り組めるようになりたいです。
中学の時のいじめは、感情を感じるとその時はたぶん生きていけなかったから感情を無視していたのかもしれません。
余談ですが、
私の立志式の時の夢はいじめがきっかけで、心が苦しい人を助けることができる「臨床心理士」でした。
でも高校1年生の担任の先生に、自分が壊れてしまうからやめた方がいいと言われあっけなく諦めました。


