会社での私の担当は、
ギフトサービス。
顧客は、アメリカに住んでいる
個人の日本人の方がメインです。
営業とかカスタマーサービスとか
全般を担当しているのですが、
年配の方は、雑談で、自分の身の上話とか
家族の話をされていく方もいて、
「すごーい」と思うことも多いので、
少し業務からそれても
そのままお話を聞くことがあります。
先日電話のあった、
女性のお客様(86歳)もそんな方の一人。
「前の主人は飛行機乗りでね、
戦争で亡くなったのよ。
フィリピン沖でね。」
その後、縁あって
アメリカ人のご主人と知り合い、
周りの勧めもあって、
こちらへ来たのだそう。
「もう彼も亡くなったけどね、
とても大切にしてくれましたよ。
幸せ者です。」
昭和を生きて、渡米して、
どんなにか苦労があったろうに、
自分を「幸せ者」って言えるなんて
素敵な方だな、と印象深かったのですが、
先日注文と一緒に手紙が届きました。
(以下抜粋)
「貴重な時間を永々とお話下さいまして
サンキュウでした。
私にとってはとても楽しく、
若い方と話しますと、若さを
戴く様な気がいたします。
若いうちが人間花ですね。
美しい想い出をどしどし
お作りになってください。
“紅き唇あせぬ間に、
あつき血潮のさめぬ間に”」
最後の一節、
私は初めて知りました。
調べてみると、「ゴンドラの唄」の一節
ということが分かりました。
この「ゴンドラの唄」は
大正4年に作られたもので、
戦後、黒沢明監督の「生きる」に使われ、
再び有名になったそう。
ガンのため余命数ヶ月と宣告を受けた
市役所の市民課長。
勤続30年を目前にした彼は、
目立つことはせず、
厄介事には蓋をして先送り。
役人の鑑のような主人公。
しかし、自分が死ぬと分かった時、
自分の人生の無意味さに気付き、
生きた証に児童公園の建設に翻弄する。
そして、完成後。
彼が、雪の降る児童公園で
1人ブランコに乗りながら
最後に口ずさむのが
この『ゴンドラの唄』。
先日「乱」を観たばかりで、
黒澤作品に縁がある今日この頃。