こんばんは。
今日も一日駆け抜けた
わたし と 「 あなた 」お疲れさまです。
おかえりなさい。
こあ です。
さて、
今日は”見させられるもの”の続きを。
前回もお伝えしましたが、
わたしの文章を読んでいくとともに
ひとによっては不快な思いやいらだち、
激しい疑いの念なんかも沸きあがることがあるかもしれません。
なので、
そんなかたは、どうぞすぐに閉じてくださいね。
でもさ、もう、しょうがないんです。
見えるんだから。
聞こえちゃうんだから。
だって、そうなんだから 笑。
わたしは、この”個性”=”サイキック”を持っていても、
明るくぽよんと生きていくと決めたのです。
そしてじぶんでじぶんを客観的に観察したいのと、
そんなわたしが今後どうやって、
さらに楽しく、
さらに無邪気に、
もっともっと豊かになっていくのか。
そして、何が出来るのか。
その経過を残していきたいなぁと。
この毎度長い文章と
かなり怪しげ(と世間では思われること知ってます 笑)な
わたしのブログにアクセスしてくれている愛ある「 あなた 」。
嬉しいです。今日もありがとう。
では。
一昨日の記事で、
わたしは、ひとの「空気の層」の状態
が見えることを告白しました。
今日は二つ目。
わたしは、ひとと話していると、
「そのひとの心に刻まれた過去の出来事」
が見えてきます。
それは、
そのひとの胸の奥の方から→わたしの眉間奥らへんに
「画像」や「動画」として送られてくる感じです。
特に、
「そのひとが抱える心の傷を生んだ過去の出来事」、
または、
「そのひとの支えである”強い愛”を感じた過去の出来事」、
のような、
感情が強く動いただろう出来事は、
映画のワンシーンのような形で流れてきます。
音声・色・その場面の空気の流れ・匂いも。
そして、その時の登場人物たちの
「空気の層」の状態も。
それもやはり、わたしの意志とは関係なく…
うん…そりゃもう、容赦なく、
勝手に”上のひとたち”によって”見させられる”。
わたしがいくら、
”いやいやいや、いいんですって!
いいの!見たくないし!”と言ったところで、
宇宙や神様、”上のひとたち”は
止めてなんかくれない。笑
その逆に、
”わたしはこのひとの力になりたい!”
と強く願う時、そんな時は大抵何も”見させて”もらえない。
そんなわたし個人の勝手な「助けたい」だなんておこがましい想い、
宇宙や神様や、そしてそのひとにとっても「余計なお世話」
でしかないからでしょう。
もうさ、なんなの?! って苛立つこと、よくあります 笑。
現実の世界で起きた、ひとの苦しみや悲しみや憎しみを、
ただただ見なきゃいけないこと。
でも、なにもしてはいけないこと。
じぶんからは何も言ってはいけないこと。
かなり、キツイです。
本当に。
でも一方で、
言葉では言い表せないあたたかい愛情や慈しみ、
安堵感や愛に満たされているという姿を、
見させてもらえること。
あぁ、ひとっていいなぁ~って心が震えます。
”見させられるもの”
二つ目は、
「そのひとの心に刻まれた過去の出来事」でした。
わたしの自己開示は、
特異体質(…?)を自慢したいわけでも、
憐れみを受けたいわけでもありません。
”個性”を受け入れ活かしていく。
そのためです^^
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今日も「 あなた 」がそこに”在る”というだけで
だれかの幸せがあります。
あなたがいてくれてありがとう。
そこにいてくれてありがとう。
今日も一日頑張ってくれてありがとう。
今夜もふわふわにくるまれる、あたたかい夜になりますように。
こあ