「共感性羞恥」とは | Core Infinity Views

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『原点』を一緒に創るコーチ 若狭 喜弘 の視点を記します。

"恥をかくシーン"が苦手…『共感性羞恥』がネットで話題に。。
http://matome.naver.jp/odai/2147206258901184101


目の前の相手やテレビに出ている人物と
自分を同一化させて
その感覚を感じる力が強い人のことを

   『共感性が高い』

と言います。

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僕は

「相手を理解する」とは、
「相手の感覚を感じること」

と信じてきました。

が、世の中ではそうではないようです。

「相手の感覚を感じない」でいても「共感できる」ようだし、
「共感してもらえた」とは、「相手の感覚を感じてなくてもいい」らしい。

さらに、「承認」とは
「相手の感覚を感じて感覚を同調させること」ではなく、
「相手のかすかな行動に反応すること」らしい。

僕にとって最近判明したこと。

最低限、「自分の定義」と「世間の定義」を区別して知っておいた方がよい。

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で、そんな「共感性」が高いものだから、
・バラエティ番組を笑えない。
・サスペンス物を見たくない。
・ジェットコースターにつけたカメラの映像を見たくない。

このうち、「恥ずかしい」という感覚を持つものを

   『共感性羞恥』

と呼ぶらしい。

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《参考》

「共感的羞恥」がどの程度学術的な言葉なのか、調査しました。

> 「テレビで共感性羞恥という言葉が出てますが、心療内科では当たり前な用語でしょうか?」というご質問。
恥ずかしながらはじめて聞く用語です。
「共感能力+被害念慮」で済むような。自身が恥をかくことを恐れすぎ、だからこそ近い立場の人を見ることで恐怖を抱く状態だと考えます。
> マンガで分かる心療内科♥ゆうきゆう (@sinrinet)
https://twitter.com/sinrinet/status/768674036427608064
2016年8月25日

なぜ、人の行為を見て恥ずかしくなるのか
http://ci.nii.ac.jp/els/110008114010.pdf?id=ART0009639066&type=pdf&lang=en&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1472744268&cp=

に、Miller(1987)が「empathic embarrassment(共感的羞恥)」と名付けたとあります。


あの恥ずかしい気持ちには名前があった
http://b8270.hateblo.jp/entry/20150121/1421845583

にも、語源についての調査結果があります。