銀幕業界の北の水戸黄門と噂されているほどに業界通の横田昌樹さんのブログは、本当に面白くて一度入るとなかなか出なくなるほどの知的で映画の面白みをトコトン見せ付けてくれるような素晴らしいブログを書いている多才、博識な人物を紹介します。
数日前に私のブログのアクセスがリンク先のいつもと異なるところから大量のアクセスが来るようになった。その後、マイミクのtakoyoさんが私の日記を紹介して頂いたことがきっかけで横田昌樹氏のアメブロ読者からのアクセスが異常に増えたことがわかりました。
http://ameblo.jp/kanayoko/entry-10847647881.html
上記のリンク先は、「現物リレー募金」という独自に考えた募金方法をブログにあげた内容で、物々交換屋を私達がナリワイにしていることと、マスコミ気運と同じバロメーターでしか反応が出来づらい過去の募金活動のようにならないためにも、自身が得意としている物々交換という生業の特性を生かす目的のためにもただ募金を送ると言う方法で自己満足することが無いようにしたいという思いがある中で始めた支援の連鎖を生み出す仕組みへの初の挑戦となる内容を書いた会社のブログの内容です。
物々交換機能は、元々が善意のリレーという概念なしには継続が出来ない事業です。
ただ、私の趣味嗜好性が「美の継承」と言うキーワードを物々交換の中心におき続けたいという願望と「美の力」が「善の力」それぞれの同根となっている「羊審判の法則性」にも合致していくはずと言う持論があるにもかかわらず、実際には直接的な支援にはまったくの無力を痛感させられていました。
実業家であれば、生業を意識している経営者であれば、
必ず今回のような大きな被災にこそ役立てるパワーを持ちえている業態システムを備えられるように形成化させていく努力が日々の中に根付いているものである。
その成果を発揮すべき責務に立たされたときに、自身の生業が社会貢献に無力さを感じることほど実業家として情けないことは無いものである。
実際、生活防衛を背景とする事業体の支援の具体能力は非常に高くわかりやすい即効性のある援助が行われていく実情を日々多数発見していきます。
役立てている喜びが社員全体に広がっていく人間としての善性の活性の源を幾度も発見していく日々の中に経営者は、企業として「人・金・物・情報・心」の経営資源をお借りし続けて事業を継続してきたことへの存在理由が適っていたのかどうかの審判を受けているような苦しさを味わいます。
社員が堂々と胸を張って生き続けられる為にも、
事業存続の経営資源の意味を問いただすためにも、
現在品揃えされている耽美の世界の産物が生み出している人間力の力が
決して無気力でもデカダンス(虚無・退廃)という表層的な意図ではなく、
「羊審判」http://flora.karakusamon.com/hitujito.html
善と一体化する法則性の「美の法則性」の力の可能性中に自身の生業の成果を
問いたいと言う思いがあって考案された募金形態であった。
真に「現物リレー募金」という方策が成功するかどうかは、実情の事業において形成されている顧客との関係が熟成される未来の方向性を求めていたかどうかが問われる一面を持っている募金形態であり、単純に日々の儲けの内容は無視しても「貝」に変えてしまえばすべてがチャラになる支援活動というようには行かない難しさがある。
具体的には、ただ損得勘定だけで安いから常連になっていただけという関係しか出来ていなければ、当然、現物リレー募金の継続は困難なこととなる。
しかし、美を愛するものが善を尊び、その善性が愛着継承を循環させて物々交換が成立しているのであれば、現物リレー募金は喜ばれるシステムに成り得るはずである。
我々が「現物リレー募金」と言う課題を会社上げて唱えると言うことは、そのような問いかけに自身達が日々行っている事業内容を晒しだすようなものである。
そのような意味で今回の「現物リレー募金」を社内では(ハラキリ募金)とも読んでいる。
今回の横田氏の紹介には、
>ミスターハラキリさん 紹介させていただき
>http://ameblo.jp/kanayoko/entry-10847647881.html
>笑顔でつぶやいてみました、
と言うような内容でメッセージが届きました。
それは「ハラキリ募金」の意味を示す言葉でもあり、とても緊張したメッセージでもありました。
いずれにしても今回の「現物リレー募金」への活動には、美の力が命の気力の源に刺激を与え、希望を生み出すパワーが存在する証明を行う責任を問われる一端に自身の事業をなしていることを自覚しなければ成らない責務があるのは事実です。
「上質な映画」も突き詰めれば同じ責務が求められていることがわかりだします。そのようなことを教えて頂けるブログに今回の「現物リレー募金」が紹介されたことは、大変嬉しことです。さらに驚いたのは、ミクシーにおいても1000人という規模にも関わらず、驚くほど選びぬかれた知性的なマイミクの方々ばかりであることも驚嘆しました。
さらに嬉しい奇跡が起きたのですが、「88888」のゾロ目キリ番が横田氏でした。
嬉しさにメッセージでお知らせした返事に横田さん自身の生誕の数字がすべて1と8だけであることもわかり、さらに末広がりの「八」の数字をとても気に入っていることを知らせて頂きわかりました。
ありがとうございます。
私なりに学び理解している「88888」の意味をここに返事を兼ねて書かせて頂きます。
「8」「八」「ハチ」「やっつ」の意味の中で「八」は、横田氏が言われるように末広がりが代表的な解釈です。辞書的なベーシックな解釈では、分かれ目や数の多さを現す言葉の意味が多くなりますが、「八」の面白いところは、「向上スパイラル」という循環しながら成長するとか拡大していく意味での末広がりを意味していることです。
なぜ「八」以上に数の多い「九」や「十」ではなく「八」の語彙自体のほうが数量が多い意味を表しているのかと言う疑問を持ちやすいのですが「8進法」から考えれば意味がわかり易いように思います。
8進法では、実質的な数量の意味は、一から八までの数字での循環が基本的な数の意味を持っています。
奇しくも原爆を落とすために開発されたコンピューターの計算が1バイト8ビットの計算方式で演算されている歴史と日本を未曾有の苦境に陥れている原発の制御においても「8」の運命が日本人の運命を大きな岐路へと支配し続けている数もある意味では「8」なのかもしれません。
「ハチ」の「ハ」は、発する意味があり、「チ」はしかるべく戻る場所を示していますが、その組み合わせにより「ハチ」の直接的な解釈には、発しられた物が戻るべき場所に戻る「循環」を表す数字であると学んでいます。
しかも、ただ同じスタート地点の「地」に戻ると言う意味ではなく、音階で言えば「ド」で始まり「ドレミファソラシ」から「ド」に戻るような向上スパライルや、逆スパイラルを表す意味での「地」の「チ」であり、元の位置に直接戻ると言う意味とは異なる螺旋的な循環を表す言葉だとも学びました。
音で言えば「八音」の意味は、楽器の種類「金」「石」「糸」「竹」「匏」「土」「革」「木」の八つの種類だけでなく「音楽」そのものを示す言葉でもあります。
森羅万象象徴を組み合わせて吉凶禍福を周易の八種の卦の占う「八卦」が「八象」を見ることや、「八体」のように漢字が八つの書体から出来ていること。
人間が一生のうちに味わう老苦・病苦・死苦・生苦・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五陰盛苦の「八苦」や「八大地獄」も「八」で集約されます。
「八」は、「8」だが循環の無限性を表す「∞」であり、「命」が存続する限り続く循環システムという意味だけでなく、命を終え、命をさらなる命へと紡いでいく壮大な循環をも表しているとも考えられます。
「八」「8」「∞」「ハチ」「はち」の意味解釈に言及するとあまりにも膨大すぎるが、結論からすれば、「8」「88888」の意味は、とても壮大な循環の映画を表している意味かも知れません。
是非、この日記に目を止めることがありましたら、私なりに推奨できる500名に近い厳選のマイミクの中でも屈指のブログで多くのファンを魅了し続けている横田昌樹さんのアメブロへ訪問されることをお奨めします。
http://ameblo.jp/kanayoko/entry-10847647881.html
物々交換オヤジ 片桐健二
追伸
今月の7日に気仙沼市に大量の支援物資を持参して向かう予定をたてている方にコレコーレ店頭の駐車場で毎日開催している「現物リレー募金」が目に留まったことから具体化してきたのですが、そこにも今回の奇跡や思わぬ奇跡の連鎖の運命のつながりがあることがわかりだしたところでした。
その詳細は、第1段で出向いた感動の福島行きの支援物資トラックエピソードを書いている人物の紹介に続いて掲載しようとしていますのでそのときに続きを書く予定です。
http://ameblo.jp/macaroni-drop/entry-10839078100.html





























