12年来の知人で、現在は、東京で複数の飲食店を経営していた社長が亡くなりました。その人物は、つんくさんのプロデュースの飲食店も任されるような才能と人望に並々ならぬ評価を得ていた人物です。

 

頭に切れ味が半端じゃないビジネスマンで、当社が通信業で飛ぶ鳥を落とす勢いで全国に代理店を広げNTT事業で目覚しい実績を次々と上げていた時に、当社のビジネスプランに即断で参画してきて事業の発展に大いに貢献してくれた人物でもありました。

会社はその後儲け頭の通信業を会えて行わないという信じ難い判断をし、当分の間収益性とは縁が無い活動に大きく修正する決定を行った結果、直接的な交流は激減していた。

その人物は、ビジネストレンド、キーマンとの人脈作りと頭の回転の速さや、人身掌握に対して非凡な能力を発揮していて多くことを学びました。

本当に他の追随を許さない能力を随時発揮していて目を見張るものがあった。

身のこなし方も常に洗練されており、いかなる場面、いかなる人物との出会いにもまったく臆することなく堂々とやりあえる才覚は、時としてまぶしいくらいに見えるくらいであった。

まだ45歳という若さで、死因は心不全のようです。

苦しんだ形跡もあったとのことでしたが海外のホテルでの孤独な死を迎えたそうです。

当社の創業社長もその人物からは、非常に深い交流を重ね続けてきた人物で、この報告も当社の創業者から聞いたものでした。

同社長と創業社長は、一緒にアメリカのオレゴン州や中国などに行ったり、東京の出張の際はよく宿泊させていただいたりした関係でショックは相当なもののようでした。

結果的に、私たちの会社はビジネスを一からやり直すという荒業を選択した為に、日々に忙殺され続け、華やかな世界からは縁がなくなってしまい、それと同時に華やかさの主人公のような同氏とは、その後の華やかな活躍を創業者から伺うだけの関係で今回の訃報となったことは、とても残念です。

聞きするだけ過ぎてしまい、長いこと会わずじまいであったことにとても悔いが残ります。

あまりにも潔癖症で完全主義者であったことと、その才能への期待に応えようとする生真面目さがとても際立っていた天才肌の経営者だっただけに、自身を追い込み過ぎにならないかと心配もしていたのではありましたが、どうぞ、天国で心を緩めて穏やかな冥福の日々となることの祈りと、私共の人生に大きな教えを残して頂いたことに深く感謝申し上げます。

                                    片桐健二

 
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毎月続く連続の取材と放映の反響は、物々交換と言うシステム上、商品の品揃えに大きな影響が出ております。


現金買取よりも交換を希望されるお客様は、より高級品に交換しようという要望が多くなることから、通常でも在庫が過剰になりやすい性格が交換と言うシステム上発生します。


特に現在は、マスコミ報道の反響で交換を希望される方が著しく高くなっていることと、高級品専門のリサイクル店、富裕層専門のリサイクル店という理解が広まり、著しい高級品の受入れがとても多くなっている傾向にあります。


マスコミの取材要望は、現在も過密に問い合わせが来ている中で、現在の著しい過剰在庫の状況が改善されるメドが立たない状態から、突然ですが大処分市を期限未定で行うことになりました。



上記が「突然ですが‥」の事情ですが、いつ頃に在庫調整が整うのか、現在も続々と入荷してきている状況から、予測が立たない為に期限は決めない大セールになる予定です。



当店が何でも受入れが出来る店ではないことから、交換の為に、突然品物を持って来店することは、ご遠慮願っています。


当店に品揃えのあるコーナーの品の方が高価査定が行われやすい事情もあり、一度当店の品揃えや価格を確認してから持ち込みされるか店員に確認された方が合理的ですので、まずはご来店して頂くことをお奨めしております。


また、店内風景イメージをネットで見られるようにしておりますのでリンク先を事前に確認されることもお奨めします。

 

また、同業者への業者売りも同時に開催しておりますのでご遠慮なく申し出下さい。ただし販売価格は、著しく安い価格で設定している品については、顧客販売価格と同額が基本になります。


私、片桐健二はミクシーで本名ではなく「グローバル顧問」と言うハンドルネームでブログをやっている。ミクシーには、マイミクというミクシー仲間ができているのだが、ほとんどはの方達ではなく海外や遠方の方々が多くなっているのだが、京都の方から驚きの知らせが届いた。

なんと!

Kyoto Charity Art Show 「ともに生きる 第28回京都新聞チャリティー の公式ブログでこんな紹介が載ったらしい。
http://emirau.asia/kyoto.html

全国的にマスコミ取材等で有名な未来型経済 「物々交換ショップ」コレコーレさんのブログでEdward Carが紹介されています。
8月15日、16日、17日のブログはこちらからです。

http://blog.goo.ne.jp/core_collection/d/20100815

http://blog.goo.ne.jp/core_collection/d/20100816

http://blog.goo.ne.jp/core_collection/d/20100817

奇跡のブログが紹介されていた。

そして、あらためてその奇跡は、まだまだ終わっていないことを教えてくれた。

コレコーレのレジ周囲には、大切な物がたくさん飾ってある。
よく、芸大の先生方や音楽関係者から、世界的な名ピアニストのサハロフ教授から送られた写真や、メッセージについてもコレコーレをとても気に入っているという内容が分かるらしく、サハロフ先生は良く立ち寄るのかと言うような話を声掛けされる。

一般的には、オノヨーコさんの直筆のオンリーワンの方が反響は圧倒的に強いのだが、とても通な人は、このサハロフ教授やエドワード・カー氏にとても反応してくれて、その反響をきっかけに実は、その反応したお客様自身がとんでもない人物であったことが判明することがしばしばで、とてもコレコーレは、助けられ続けてきた。無言で強力なサパーターの存在でもある。

毎朝、コレコーレのスタッフは、エドワード・カー氏からお預かりしてレジの真裏に飾ってある母系の象の絵画と、とても大切な人から寄贈された老子の言葉を見る事が日課になっているが、
エドワード・カーの描く愛は、ダークで深い色彩に、光を浮かび上がらせる絵画であり、とてもいつくしみ深い力を持っていてとても気に入っている。

絵画だけでなくエドワード・カー氏のように深く澄んだ目をした男性に出会ったためしがないほどに衝撃を受けた人物で、

さらに彼から与えられた私やコレコーレのスタッフたちへのドラマは、

際限のない始まりであり、

際限のない広がりであり、

際限のない循環である。

私のような物々交換のオヤジのブログを公式の紹介の場に掲載するとは、どこまでの懐の深さなのか?

言葉にできる言葉が見つからないでいる。

心より奇跡が循環し続けていることに、はるかオーストアリアへ感謝の気持ちが届きまうように‥

日本でひとつしかない物々交換専門店として、各マスコミに連続して紹介され続けてきた物々交換コレコーレがなんと170各国に翻訳されてニュースに登場することになった。

名古屋の富裕層専門のリサイクル店という限れた市場から圧倒的な支持を受けている店であり、ユニークな社長の経歴から注目されて来ている物々交換の店は、そのビジネス考案者の片桐健二自身がNHKより取材を受けて国内・海外へ2度の再放送放送扱いで注目を集めた。さらに、物々交換コレコーレも連続でNHKさんの別番組で取材を受けてその大反響に驚いているだけでも驚きに値するのだが、さらに驚く電話がNHKからもたされた。

先日放映された内容を、170カ国に放映されることが決定しそうなので、了解を得て欲しいとの要請をNHKワールドという世界を対象に配信しているから部署からのオファーで担当者経由で問い合わせがきたので確認させて下さい。との内容が伝えられた。

え!

先日の放送は、前の内容も私の取材の時の内容についても海外で流れたのでは??

不思議に思い確認すると、前の海外のニュースは、契約してる先だけで、しかも、日本語のままの放映であったのだが、今回は、それぞれの国の言葉に翻訳して放映する内容で、どちらかといえば海外現地の日本人対象と言うよりも、それぞれの国々の方に対して放映すると言う内容である。

ただ、今までのような、「お洒落な名古屋の店」「名古屋で最も変わった店」などという切り口ではなく、時間的にも取り扱い方についても、取材者が大物過ぎて規制をお願いした事情もあり、割とシンプルな内容になることだけは、確かなようである。

驚くような報告だが、実際の放映は取材のどこの場所をどのようにして編集して、いつ、どの時間で放映するのかまったく見当がつかないとのことである。

どちらにしても、今までは、 名古屋で凄い雑貨屋さんは・・?と言うような切り口での取り上げ方や名古屋のリサイクルの中でもセレクトに注目されての内容であったり、物々交換のセレクトショップとしての扱いににしても、どれも1国だけの放映であったり、海外の日本人向けの日本語の放映はあったにしても、これほど大きな規模で翻訳されてのことは、初めてのことで見られるものなら自分で 見てみたいものである。

丁度、現在アクセスの多い検索エンジンから、海外の方が前回の海外ニュースのことを取り上げているのでご紹介いたします。

http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:p7QpvBdPlbYJ:ameblo.jp/lavidapreciosas/entry-10712217452.html%20%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%80%80%E4%B8%8D%E6%80%9D%E8%AD%B0&cd=7&hl=ja&ct=clnk&gl=jp&client=firefox-a

当店に、店の応援になるからと言って、とても上質な品々を交換に頻繁に持ち寄って頂いている常連のご主人と鈴商の社長を引き合わせることになった。

残念ながら、私は体調を壊してしまいこの重大な瞬間を見逃さなければならなかった。
なぜ重大かというと、そのご主人は世界的に有名な競輪選手として名が轟いている人物であったからである。
特にその名を世界に轟かせたのは、競輪世界の奇跡、当時の状況からすれば、国内スポーツの奇跡とまで言われるような快挙の当事者の一人であったからである。

その快挙は、1986年USAコロラドスプリングス開催の世界選手権で起きた。その一つが金・銀・銅メダル全てが日本人というあり得ない成績であった。

さらに驚くのは、世界の競輪界でこの記録を破ることは不可能と言う10連覇を中野浩一が達成すると言う偉業を達成したことである。

その偉業をどうしても阻止しようと世界中の選手が猛アッタクした競輪史に残るデッドヒートの試合であり、そのヒストリーに絶対欠かせない人物が2位のが今回鈴商の社長に紹介した松井選手である。


車のレースも実はとてもハードな肉体と脳と身体に生死を賭けるスポーツであり、競輪もまったくの同様な生死を賭けるスポーツである。

スポーツの種類は、世の中に多くあれども、これほど命賭けのものは少ないんじゃないかと思う、そのような共通点をもつ二人であり、松井選手は東京モーター賞の熱狂的なファンでもあるために、その会話内容は、とても楽しみにしていたのだった。

しかし、残念なことに、今回の紹介は、コレコーレの店長の鈴木信子に任せ、私はしぶしぶと布団に戻ることになった。

4時間ほどたってコレコーレに松井選手と奥様が戻って来られた話が私の耳に届き、少しの時間でもと出向かせて頂きかろうじての挨拶が出来た。

松井選手は、コレコーレ恒例の逆さまの部屋で掲載の不思議な写真を撮ってくれた。
コレコーレ店には、松井選手から出していた頂いた品物を、特別に飾ってあるショーケースがあるのだがその中に早速飾らして頂く為のサインをお願いすることが出来た。

今後の入荷がますます楽しみになってきた。

松井 英幸

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E4%BA%95%E8%8B%B1%E5%B9%B8

世界選手権・プロスプリントにおける活躍 [編集]

1986年アメリカ合衆国コロラドスプリングスで開催された世界自転車選手権では、俵信之を準決勝で破り、決勝で対戦した中野浩一に同種目10連覇を許したものの2位。翌1987年、オーストリア、ウイーンで開催された世界選手権では、決勝で俵信之に前年の雪辱を許したが、再び2位に入った。また、1989年フランスリヨン)の世界選手権では3位、1990年の世界選手権(前橋)では4位に入った。